『第2会議室にて』31

oshikun2010-06-15

 2008年7月28日④ 
 「なるほどね。村上さんの意見は真実かもしれない。でなきゃ、田中前社長は自分とまったくキャラの違う東山を次の社長にしたりしないものなぁ」
 福田和彦がまず沈黙を破った。
 「自分自身は社員がカワイイ。どんな社員でもね。それに痛い目にも会っているから、組合とも闘いたくはない。でも組合を何とかしたいという気持ちがあったということか・・・」
 向井良行が言葉を継ぐ。それに太田章が付け加える。
 「そして、『ダンナ、ワテがやりますわ。おまかせくだしゃいませ』って、東山が出てきたわけですね」
 「おいおい、どこの方言だよ。しかしそんな感じなのかなぁ」
 中西信也は笑いながらいった。
 「つまり、今まで田中さんが選任した三人の取締役は金を無駄に使ったり、変な企業を連れてきたり、さらに身内に資金を流したりして、トンデモないことばかりしていた。田中さんが三人に期待していたのは、まともな編集企画の提案や、銀行との付き合いや、しっかりとした営業手腕だったはずだけど、それはまったく期待はずれだった。そんな中、末席の取締役ともいえた東山はそういった才能がまったくなかったので変なことをしないかわりに、田中さんのいわば深層心理まで読み込む能力はあったのかもしれないな。そして自分が汚れ役になるって提案したわけだ。田中さんはあれでけっこう任侠派でもあるからね」
 福田がそういうと、それに太田が受けた。
 「けっこう、着流しなんか似合いそうだね・・・」
 「須々木一樹さんなんかは、田中さんが何かやってくれるだろうと思っているところがある。彼のメカニズム雑誌って、確か当時の田中社長といっしょに立ち上げたはずだし」
 向井が太田の言葉を中断させた。そして福田が話題を元の方向へ戻そうとした。
 「田中さんに対する気持ちは、我々だってちょっと複雑だと思う。とにかくずっと彼が社長であり続けたんだからね。そしていろいろなこともあったし。だけど田中さんと東山社長との関係についての推測は大事なことではあるけれども、ここではひとまず置こう。それよりも、回答書の2にある組合に対する見解を考えてみよう。労働協約の失効、そして組合を社員の代表として認識しないという考え方にどう対応するかだ。それがさっきの自分の話の続きになる」
 「そうか、ストライキだったね。そんなことってできるのかなぁ。だいいち仕事を放り出したら、それこそ自分で自分の首を捻ることになるからね」
 村上がそういう。きっと彼の頭の中には、毎日の広告の束が浮かんでいるだろう。
 「ストライキは最終手段で、基本的にはそれまでのプロセスで問題が解決することの方が多いと思う。まあ脅しだね。その伝家の宝刀を抜く前に、交渉をして、要求を提示し、そして要求が受け入れられない場合にはストに入ることを宣言する。それには組合側の手順も必要になる。大会を開いて、ストライキ権の確立をしなくちゃならないはずだ」
 福田は自分の知識のひとつひとつチェックしながら話した。
 「そういえば随分と前にストライキ権っていうんで、大会で手を挙げたことがあった。あれだね」
 「そう、もう20年近く前だと思う。要求項目は忘れてしまったけれど、けっこう切羽詰ったことがあって、組合執行部は、会社への要求にスト権を附帯させたんだ。つまり交渉の段階で会社側が誠意ある回答をしなかった場合、執行部は自らの判断でストライキの指令を出すことができる。それには全組合員が従わなければならない」
 福田はあの頃のことを思い出していた。今とは別の古いビルに会社はあった。その上層階にある会議室で組合の大会は開かれた。入社してまだ間がなく、みんながそうする中で福田も手を挙げていた。あの頃の社内の活気はもうこの会社にはない。しかしそのことをうまく説明するのは難しいだろう。
 「なんかドラマみたいですね。エイエイオーとかやるんですか。残念だなぁ、その頃会社にいればいろいろと勉強になったのに・・・」
 太田が少し目を輝かせた。
 「いや、ストライキ権を確立した瞬間は、ただ拍手だけで終わったはずだよ。あの頃、太田ちゃんはまだ小学生だったんじゃないかな・・・」
 「ええっ、そんな。少なくとも中学生にはなっていますよ」
 そして、みんなが小さく笑った。