『第2会議室にて』35

oshikun2010-06-28

 2008年7月31日②
 この日、配られた「執行部の考え方」は以下の通りだった。
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 モータータイムズ社労働組合 組合員の皆様へ
                      モータータイムズ社労働組合執行委員長
                                    中西信也
                                  2008年7月31日
 皆さん、お疲れさまです。 
 さて、ご存じのように、モータータイムズ社とカーライフ出版の合併によって、かねてより組合員の労働条件の悪化するのではないかと懸念されてきました。その点について組合執行部は会社側との数次に渡る団体交渉を行ない、重ねて会社側の経営方針についての具体的な方向性を質してきましたが、今までその回答はあいまいなものに留まっていました。
 そこで、執行部は今回、会社側に最近特に組合員の疑問点となっている問題を、3点にしぼり、質問状という形で提出し、先日その回答を得ました。
 結果、未だ具体性に乏しいものですが、会社側の意向が明確になっている点も散見されます。ひとつは就業規則に対する考え方、そして組合に対する姿勢、もうひとつが給与体系についてです。
 別紙にある質問に対して、会社側はすでに労働協約は失効していると回答しています。長らく労働協約はモータータイムズ社の就業規則の規範であり、労使双方の共通認識の指針となってきたものであり、この労働協約を否定することは、会社側が組合側に対して、今までとまったく違う姿勢で臨むことの宣言であると考えられます。
 その点について顕著に表れているのが、回答書にある、組合を社員の意見を代表する機関とは認識しないという点です。労働法の観点から経営側は組合を無視することはできません。よってこれはあいまいでありつつも、法的にはギリギリの表現であるといってもいいでしょう。
 さらに組合が質問していない項目である賃金についても、その給与体系を合併後に見直すという文言が付加されています。これは賃下げの宣言に他なりません。
 各組合員はこの書類を熟読し、モータータイムズ社に働く私たちが、それぞれに今どんな状況にあるのかを理解し、その理解のもとできるだけ早い機会に共通の認識を持ちたいと考えています。今回の集会では次の団体交渉に向けて、組合としての方針を策定していきたいと考えています。
  以上、私たちの働く場と生活の水準をより良いものとするために、みんなでがんばりましょう。
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(注:組合の「質問状」は4月26日の16を、会社の「回答書」は6月3日の28を参照)

 みんなが三枚の書類を読み終わった頃、委員長の中西信也がしゃべり出した。組合集会なので議長を選任する必要はない。
 「お手元の回答書を一読すればわかりますが、今回の回答書で初めて、新体制となった経営側の考え方が明瞭になったと考えられます。労働協約の失効という認識、新しい年俸制の導入による賃下げ、そして組合を従業員の代表と捉えない姿勢、この3点が今回の回答書から読み取れます」
 中西が少し間を置くと、太田章が口を開いた。
 「なんか持って回った書き方をしているけど、いいたいことはボクにもわかる」
 彼に対応したのは小杉裕子だった。
 「わかんないと会社側も困るでしょ。太田チャンに変に誤解されると大変だし・・」
 それを村上悟が続ける。
「内容としては、とんでもないことを会社はいっているけれど、表現としてはかなり曖昧なままなんだよ。太田チャンが誤解しない程度にはわかりやすいけど・・・」
 「また僕がネタですか・・・」
 太田は不満そうだった。
 「問題はこれにどう対応するかよね。この前の執行部会で福田さんが武器のセミナーかなんかするっていったけど・・・」
 河北たまきの怒りはまだ治まってはいないようだ。
 「他に執行部以外の人、意見はありませんか」
 中西のその言葉に、2輪雑誌の編集部員が手を挙げた。
「オレ、今回初めて組合の集まりに出たんですけど、正直いって組合って何なのか、まったくわからないんですよね。ただとてもなんっていうか最近雰囲気悪いし、それに給料もなんかマズイって感じだし、でもそれに組合って何かできるんですか」
 その発言に他の2輪雑誌の部員が頷く。
 「確かにこの回答書に対して何らかの行動を取るため前に、そもそも労働組合にどんな権利があるのか、そのことをしっかりと、みんなにも知っておいてもらわないといけないと思う・・」
 福田はみんなの顔を見回して、急に自分から何かがずぶずぶと抜けていくような感覚になった。