『第2会議室にて』02

oshikun2010-03-12

 2008年12月5日②
 三ヶ月ほど前、労働組合執行部はこの合併に関する、あとから考えると最後の質問状を提出していた。ひと月後に返ってきたその回答は、いつものようにまったく誠意に欠けていた。
 会社側は労働組合の質問に対して、なんら明確な回答を寄せることなく、組合の存在自体は認めるが、合併以後の体制は自分たちがすべてを決定する、そう読み取るしかない内容だった。ここ数年、東山が社長に就任してから労働協約の再締結はなく、条文にある有効期間が経過していることを、回答書は「労働協約の失効」と捉えていた。そしてその回答書に対する再質問をする間もなく、会社は12月5日の団体交渉を申し入れてきたのだ。

 石原取締役の隣に座った同じくもう一人の取締役、小塚一良が腕組みをしながら、早口で付け加える。
「それから来年の3月31日付で大阪広告営業部を廃止します」。
 この一言で部屋に緊張が走った。大阪の広告営業部には8人ほどの社員が働いている。彼らの暮らしはどうなるのだろう。そもそも廃止する意図が見えない。組合執行部の中には広告営業部はいなかった。だからそれがどんな意味なのか、すでに暗黙の了解でもあるのかさえわからない。

 また石原が続ける。
 「このことに関連しますが、3月31日付で雇用期限の切れるすべての契約社員とは再契約を結びません」。
 さらに重苦しい空気が漂い始めた。薄々と予想していた事柄が今はっきりと目の前にある。それを具体的に言葉にした石原は、かつて労働組合で委員長を何度も経験したことのある人物だった。しかし一昨年、社長交代からしばらくして、ただの編集委員から常務取締役に抜擢された後は、ただの社長の忠実な部下となった。福田の脳裏に「社会的な存在が意識を規定する」という、30年も前に聞いた言葉が深い海底から上がる泡のように浮かんできた。
 「ただし、全部の契約社員とその後も契約を結ばないということではありません。会社に取って有用な人材はその後にまた契約を結ぶ用意があります」。
 「それはどのくらいの人数を予定しているのですか」
 委員長の中西が初めて言葉を発した。しかも不安げに。それはいってはいけない言葉だと、福田は思った。
 「まったくわかりません。今後の情勢によります。全員再雇用するかもしれないし、ほとんど辞めていただくかもしれません。すべては今後の情勢次第です」。
 これで石原がイニシャティブを取った。そしてまた続ける。彼はテーブルに肘を載せて、やや砕けた口調になった。
 「みんなも知っていると思うけど、モータータイムズ社は雑誌の収益ではここの数年ずっと赤字なんだよね。それを年に一回のイベントであるモータープラザで補填してきたわけ。でも来春のモータープラザはこの不況でつらい状況で、さらに再来年はまったく読めないんだ。だから、この決断は辛いし、責任を感じてもいるんだけれど、でもそうしないと会社自体が成り立たたないのは、明確な事実なんだよ」。
 石原はそういって唇を曲げた。それは笑い顔にも見えた。しかしかなり気味の悪いものであることも明確な事実だ。