『第2会議室にて』03

oshikun2010-03-15

 2008年12月5日③
 福田は、しゃべり続けるこの石原常務取締役の収入がいったいどのくらいなのか、本人を前にして考えていた。石原は1年ほど前、取締役になったときに退職金を受けとっている。その時はまだ福田は石原を信頼していた。ふた昔も前、福田が入社したての頃、仕事の上での悩みを聞いてもらったこともある。かつて彼が系列会社に出向したときは、彼の依頼で共同の仕事をしたこともあった。だから石原は会社をおかしな方向にはもっていかない、少なくとも詭弁を弄して、かつての仲間を裏切ることはないだろうと思っていた。しかしさっきからまた部屋の扉や天井を徘徊する彼の目は、かつての彼のそれではないようだ。
 彼の勤続年数は35年ぐらい、退職時にはもう定年の60歳になっていたはずだ。給料は少なくとも80万。だとすると35に80をかけて、2800万円ほどだろうか。そして常務取締役としての収入、取締役だから報酬というのか。それはきっと年間1500万以上だ。すると彼はここ2年で6000万近く懐に入れたことになる。下世話な話しだが、誰だってこんな場にいればそんなことに思いが及ぶ。
 ここには社長を含めて3人の取締役がいる。大阪営業部の廃止を宣言した小塚一良は石原よりも少し年下だから、2年間の総収入は5000万円ぐらいか。わからないのは社長の東山徹だ。会社の合併を前に業界紙の記者には、社長の報酬は1億円でもいいと言い切っていた。もちろんそれは業績がよいときの数字ということだが、それでもこの苦境の中でのこの発言は、多くの社員を苦笑いさせるのに十分だった。彼がいったいどれほど手にしているのかは、まったく不明だ。福田のそんな想像の中に鋭い言葉が入ってきた。
 「大阪の廃止は決定事項だから」。
 社長の声だ。彼が初めてしゃべった。
 「でもそれを実際に行なう前に組合サンには伝えておかないとね。いろいろと問題があるでしょうから。それと就業規則。来年からそれでやるんで、よく読んでください。もし問題点があれば相談に乗りますから」
 「あの」、と委員長の中西が話し始めた。
 「いま、チラリと見ただけなんですが、勤務時間が午前9時から午後6時になっていますね。これは今までの午後5時まで、から条件が悪く・・・」
 石原は中西の言葉を遮った。
 「それはただ労働基準法に従っただけです。一日8時間で休み時間が1時間、週に40時間となります」。
 「でもそれだと今までとは・・・」
 中西の発言に、今度は社長の東山が被せた。
 「だからお見せしているんですよ。しっかり読んでもらってね。交渉しましょうって。だいいち、ここでそのひとつひとつを検討していく時間はないでしょ」。
 そういうと東山は腰を浮かせた。
 6人の組合執行部員は、2階の打ち合わせブースに移動した。自分たちが持っているものは、会社から手渡された案とは書いていない「就業規則」という書類だけ。ほかに自分たちの手の中にあるもの、それが何であるのかを知るには、少しだけ時間が掛かることになる。しかしさらにその先の、彼らにとって重要な時間は限られたものだった。