『第2会議室にて』26

oshikun2010-05-29

 2008年7月17日⑦
 福田和彦を見送って、もう一口煙草を吸い込むと残りは僅かだった。それを灰皿に落として、村上悟は自分の席に戻ろうと思った。すると今度は、河北たまきが喫煙コーナーに降りてきた。村上は彼女と、夜ここで会うことが多い。組合執行部で煙草を吸うのは、この二人だけだった。村上はもう一本だけ吸うことにした。
 「さっきまで福田さんといっしょだったんだよ」
 「へぇ、どんな話をしていたんですか」
 彼女は煙草の先をケースの隅で整えている。
 「うまいラーメン屋って、いったいとどんな店だろう、っていう話かな」
 村上がもう一本、煙草を取り出すと箱にはほとんど残っていない。今日は少し吸い過ぎのようだ。
 「こっちに来てから、ぜんぜんラーメン食べてないんです。どっか美味しい店、知ってますか」
 手際よく彼女は自分の煙草に火を点けた。まだ煙草を吸い始めてから数年とは思えない。
 「いや、残念ながらこの辺のラーメン屋の話じゃなかった。そういえば、オレもここに来てからラーメンを食べていないな。ところで、たまちゃんはラーメン屋とチャイニーズ・レストランとでは、どっちに行きたい・・」
 「うーん、難しい質問ですね。でもオシャレな店って柄じゃないから、店だけで選ぶとすればラーメン屋かな。ただし素敵な男の人がご馳走してくれるのなら、チャイニーズ・レストランでもいいかも」
 「オレがおごるとすれば・・・」
 「もちろん、ラーメン屋ですよ。サイドメニューも頼んじゃっていいですか」
 「まあ、その方がオレもうれしいよ。安上がりだし、雰囲気もそっちの方がなごむ」
 「ところで、質問状って提出したんですよね」
 「えっ、誰から聞いたの・・・」
 「太田さんに決まっているでしょ。彼ったら親しい人全員に伝えているみたいです」
 「ああそうか。でもそれはいいことなのかもしれない。彼のようなキャラが広めてくれると、助かるよ」
 「そうですね。確かに組合が動いていることを、みんなが知るっていいことだと思います。で、その質問状って、みんなにも公開するんですか」
 「いや、まだしていない。たぶん回答が返ってきてから、セットで明らかにすると思う。質問状の内容については、組合集会でいちおう確認したからね」
 「私はこの会社に来てから、まだ3年しか経っていないから、どうもよくわからないんだけれど、モーチータイムズ社の人とは話が合うし、なんというのか価値観なんかも理解し合える気がするの。でもカーライフ出版の人とは、なんとなくエイリアンと話をしているみたい。世間話でも、よくかみ合わないことがあるし・・・」
 「そのエイリアンと、半年後にはいっしょに仕事をしなくてはならないんだからね。いったいどうなることやら・・・・」
 「でもエイリアンといっても、シガニー・ウィーバーのあのドロドロとした『エイリアン』じゃなくて、かなり昔に『V』っていうアメリカのテレビドラマがあったでしょ。あのエイリアンなんです。人間そっくりの宇宙人が地球にやってきて、最初はとても友好的なんだけど、段々と本性が表れて、人類を征服していくっていう話・・・。兄が大好きで、私がとても小さかった頃にビデオで観せられたの・・・」
 「実際には人間の皮をかぶっていて、中身はトカゲみたいな生き物だったっていうあれかい・・・」
 「そう、それ、それにとても似ているような気がする」
 村上はそうとう昔に視たそのドラマの筋書きを思い出そうとした。宇宙人は地球人とそっくりな外観で、平和的に訪れた。そして共同で新しい世界を作ろうと提案してくる。でも彼らは実際には爬虫類の姿をしていて、地球の水の確保と人間を食料としたいだけだった。真実が少しずつ明らかになってはいくが、親類のほとんどは宇宙人に懐柔されている。そんな中で少数のレジスタンスが活動を開始する、そんなストーリーだったはずだ。村上は今の自分たちの状況とあまりに合致するのに驚いた。
 「あの物語って、結局どんな感じで終わるんだっけ・・・」
 「それがよく覚えていないの。兄も全部はビデオに録ってなかったし、第一、兄に無理やり観させられたんだから、恐ろしい方が先で、ストーリーなんてほとんど忘れている。ただ最初にエイリアンがトカゲだったってわかる瞬間は、今でも夢に見たりするの」
 その時、カーライフ出版の社員が三人ほど、喫煙コーナーに降りてきた。そして村上と河北から3メートルほど離れた場所で、正確に三角形を作りながら煙草を吸い始めた。村上は河北に目で合図を送って、その場から引き揚げることにした。三人の煙草の煙が一つにまとまって、ゆっくりと昇っていった。