『第2会議室にて』28

oshikun2010-06-03

 2008年7月28日①
 しかし約束された月曜日の午後になっても、回答書は組合には届けられなかった。
 それどころか当事者の石原取締役は、午前中からどこかへ出掛けてしまって、会社に帰って来る様子はなかった。さらに翌日の火曜は休暇を取っている。組合委員長の中西信也は、やっと水曜日の朝一に石原を捉まえることができた。
 「いったい回答書はどうなっているんですか・・・・」
 石原のパソコンはヤフーの検索画面だった。
 「いや、もう書き直したモノを社長に渡しているんだけれど・・」
 彼はたま書類を捜している。
 「つまりまだだ、ってことですね」
 中西の口調が少し強くなった。
 「うん、まあ社長の裁可を得ないことにはね」
 つまり石原はほとんど裁量を与えてもらっていないということだ。
 「社長は期日を知っていますよね」
 中西の脳裏に東山徹三の笑い顔が浮かんだ。すぐに消したいと彼は思った。
 「もちろん伝えてあるし、第一、質問状にも書いてあったからね。知らないわけはないだろう・・・」
 石原は責任が社長にあるとでもいいたげだった。中西はその石原の態度にも腹が立ったが、約束を守ろうとしない東山社長の考え方にも呆れた。東山は完全に組合を馬鹿にしているようだ。彼が社長になってから、まともに組合と対応したことがあっただろうか。
 結局、質問状への回答が届いたのは、28日の金曜日の午後だった。提出してからほぼ2週間、回答期日から1週間が経っていた。しかもその回答者の名前は社長の東山ではなく、石原信二とあり、中西の名前も中西信哉と間違っていた。中西はそれをすぐに突っ返した。夕方近くになって、やっと訂正された回答書が返ってきた。それは以下のような文面だった。

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                           2008年7月28日
 モータータイムズ社労働組合委員長
中西信也殿

モータータイムズ社労組より質問された事項について回答いたします

                          モータータイムズ社代表取締役
                              東山徹三
 
質問1について
 今までも、2009年1月1日のモータータイムズ社とカーライフ出版の合併に向けての体制作りに取り組んでまいりました。新モータータイムズ社はまったく新たな会社としてスタートすべく、各方面との提携や連絡を密にしているところです。
 当初の思いとしては、その合併の日をもって新人事を発表し、そのまま施行したいという構想を持ち準備を進めてきました。またそのように方向にあると、社員の皆様にはお伝えしてきました。しかし合併の手順や決算の関係から、合併時に於いては役員と幹部社員の人事のみを決定し、最終的な人事異動は4月1日に行う予定となりました。
 その理由としては新給与体系の準備が挙げられます。両社の違った基準で給与体系をリセットし、改めて能力、実績、成果を考慮した等級を導入して、新たな年俸システムを確立したいと思います。
 
質問2について
 現在モータータイムズ社とモータータイムズ社労働組合との間で結ばれた労働協約は、規定にある年月を経過していることから失効していると考えています。よって法的な効力はありません。今後、新たな労働協約をむすぶかどうかは、これからの検討事項となります。新モータータイムズ社の出発にあたっては、労働組合に加盟していない社員も多いため、会社が定める就業規則を適用します。
 新しい労働協約の締結に関しては、これからの組合の状況をみて判断していくこととなります。組合の意向が全社員を代表するものであることが望ましく、これからの組合の力量をみて随時検討していく所存です。

質問3・4について
 東山社長が業界紙のインタビューで答えた媒体の整理については、利益を生まない媒体を見直していくという経営者としては当然の発言に過ぎません。一定の割合の媒体という言葉が独り歩きしているようですが、これは残念ながら一定の割合で、当社にも赤字媒体があるということを示唆しています。またインタビューに答えたその以外の項目についても、以上の説明でお分かりのように、中長期的な経営の見通しを述べたものとご理解ください。
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 一読して中西は理解した。会社は明確に労働組合と対決する姿勢にあるということを。質問1については、こちらの聞いていない賃金にも触れている。質問2への答えも、組合への宣戦布告以外の何物でもない。そして質問3と4は、自らの発言について表面的な言い逃れもしているに過ぎない。
 中西はこの回答書を読んだあと、立ち上がって石原の方を眺めた。彼が少し小さく見えた。そして受話器を取って、相手に伝えた。
 「回答書が出た。すぐに執行部会を招集したい」
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[注]組合の質問状の文面については、4月26日のアップをご覧ください。