『第2会議室にて』30
2008年7月28日③
太田章に続いて、向井良行や村上悟も第2会議室に入ってきた。執行部員でまだなのは河北たまきだけだった。それぞれが委員長の中西信也から回答書のコピーをもらって、それを読んでいる。
すると太田が携帯電話を取り出した。
「たまちゃんにメールしておきますよ」
「うん、そうしてくれ」
中西が太田にいった。河北のアドレスを知っているのは太田だけだ。
しばらく沈黙が続いたあと、村上がそれを破った。
「いよいよっていう感じだね」
「いよいよというと・・・」
向井がそれを受けた。
「いよいよ、今の会社が姿を現したということだよ。労働協約を認めないなんてことは、田中社長時代にはありえなかった」
村上が向井に答える。それに中西と福田も頷く。
「さらに組合を正当な従業員の代表とは思っていないということだ」
福田がいう。
「そして聞きもしないのに、合併後は賃金を下げるともほのめかしている」
中西が付け加える。
午後5時半を過ぎた。第2会議室には西日が入り込んでいる。室内の温度が上がったように感じたのか、太田がリモコンを操作しに立った。
「戦うことになるね・・・」
福田はやや独り言にも聞こえるような小さな声でいった。しかし誰も聞き逃しやしない。
「戦うって・・・、どういうことですか」
太田が福田のつぶやきに反応する。
「労働組合はただの集団じゃない。法的にもいろいろと守られている組織なんだ。ただウチの組合はその戦い方を忘れてしまっている。いやそうではないな。組合自体が何んなのかわからなくなっている」
「そういえば、オレもよく知らない。組合って何ができるんだろう。ただ給料なんかを会社と相談するだけじゃないのかい」
向井は回答書を二つに折っていった。
「高校の教科書じゃないけど、まずは労働三権っていう権利が労働組合にはある。団結権、団体交渉権、争議権の三つだ。争議権は別の名前では団体行動権ともいわれているけどね」
福田の今度の声は少し大きかった。
「それって、学校で習いましたよ。でも自分たちのモノってことを感じたことはなかったなあ。そういったこと、しなくちゃならないんですか」
太田の声はわずかに震えている。
「まあ、ほとんどの組合員がそうだろうね。争議なんて、政治運動だと思っていても不思議じゃない。でも今までだって、労働組合であり続けたんだから、リッパに団結権を行使しているし、給料の交渉も曲りなりにやったのだから、それはちゃんとした団体交渉権の範疇だ。しかしここしばらくはストライキの打ったことがない。だから団体行動権だけはほとんどの組合員は未体験だ」
福田がそう説明した。
「ストライキの経験があるのは、石原と小塚のふたりの取締役ぐらいじゃないか」
村上が突然思い出したようにいった。
「確かにそうだ。そしてそんな組合活動がいやになって、東山がモータータイムズ社を辞めたんだって聞いたことがあるよ」
村上の言葉を中西が継いだ。
「なるほど面白い構造だね。もしかするとそこに深いものがあるかもしれない」
また村上が思い付いたようにいう。村上は誰にも気づかない程度に唇を緩めた後に話し始めた。
「田中前社長は組合とちゃんと交渉してきたよね。それは以前の争議に懲りていたからで、本心ではないと思う。できれば組合との交渉なんていう面倒なことはしたくなかった。でも彼の性分からはそうはできない。だからこそ争議がイヤで会社を辞めて別の会社を作った、つまり組合嫌いの東山に田中さんは特別な思いがあった、そうはいえないだろうか・・・・・」
村上のその言葉に、みんなが黙った。