『第2会議室にて』33
2008年7月28日⑥
「しかしセミナーの前に、まず今回の回答書の報告会をしなくちゃいけないな」
村上悟の意見はいたくまっとうだ。
「その場合は、この回答書に組合執行部はどう対応するかということを決めて置かなくてはいけないのかな」
中西信也は手順をしっかりと踏みたがる。
「もちろん執行部で明確な方向性を打ち出すことができれば、それにこしたことはないけれど、集会でそれをみんなに問うというやり方もあると思うよ」
福田和彦は中西に比べると、かなり場当たり的である。
「意見なんて何も出ないかもよ」
向井良行は基本的に悲観論者だ。しかし現実派でもある。
「意見が出ないってことが、まさに組合員の意見ってことなのさ」
そう、福田は明確に楽天家なのだといえるだろう。
そんな話をしていると、太田章が下半身を微妙に捩じっている。携帯電話に着信があったようで、どうにかポケットからそれを取り出して開いた。
「あっ、たまちゃんからです。取材が終わって、もう会社に近くに来ているみたいです・・・」
と、太田の話が終わらないうちに第2会議室のドアが開いた。
「すいません。ショップの取材が長引いちゃって・・・」
河北たまきの髪は、汗で少しこごっている。その彼女に中西は回答書の最後の1枚を渡した。河北がそれを読む間、みんなが黙った。
「うーむ」
それは彼女が最初に発した言葉だった。
「敵もなかなかやるね。もし私が執行部に入っていなかったら、納得してしまうかも。でもね。どうにか私は自分の目からウロコをパラリと落としたから、まったく逆ね」
「つまり・・・」
太田が彼女を覗き込むようにして、言葉を続きを促した。
「つまり、・・・・これは許せないってことよ。なにさ、勝手に協約を破って、給料下げるカモって脅して、さらにお前たちは従業員の代表じゃないって、これっていったいなんなの・・・・」
彼女は飲み込みが早い。
「売られた喧嘩は買わなきゃならない・・・じゃないかしら」
彼女に正直ドキマギしながら、福田はいった。
「問題はその喧嘩をどう買うか、だ」
「うーん、鉄パイプでも振り回したい気分だわ」
彼女の言葉に首をすくめた太田が、福田にだけ聞こえる声でいった。
「彼女、取材先でちょっとトラブルがあったみたいですよ」
河北の勢いに押されて、中西がいう。
「それじゃとにかく、今回の回答書を報告するための組合集会を開くことにしょうか。その場で福田さんのセミナーもやってしまうっていうのはどうかな。日にちは今週末あたりかな・・・・」
「オレのセミナーじゃなくて、組合のセミナーってことになるけれど・・・・」
福田は少し不安になってきた。自分にいったい何ができるのだろう。
「週末は集まりが悪いので、7月31日の木曜日はどうですか」
その太田が提案に中西が答える。
「それもそうだ。それじゃ今度の木曜日にしょう。週末よりも月末の方が都合の悪いヤツもいるだろうけど。時間は午後6時、たまちゃん会場を取っておいてくれるかな・・・」
「ここでいいんですか」
「そう、第2会議室、ここでいいと思う」
「いや、ちょっと広すぎやしないかい」
福田の不安がまた広がった。
「ところで、福田さんがやるセミナーって何なんですか。私ぜんぜん聞いてないんですけど・・・」
まずいことに、それには太田が答えた。
「武器の使い方講座かな、ゲンコツから核兵器まで、いろいろと取り揃えてあるからね・・・」
「ええっ、意味わかんないですけど・・・」
そういいながら河北の瞳に火が灯ったのを、福田は見逃さなかった。彼の不安がさらに大きく広がっていった。