『第2会議室にて』36

oshikun2010-07-01

 2008年7月31日③
 福田和彦の手元には自分で作った今日のセミナーのためのレジュメが、30枚ほどあった。これを組合執行部員を含めて配っても、半分以上が残ってしまうだろう。福田は秘かにこの集会が会社側への反攻へのきっかけとなればと考えていた。しかしそれはとても無理かもしれない。何より自分の自信のなさがそんな気持ちにさせているようだ。
 彼は今回の回答書に明確な会社側の敵意を読み取っていたが、執行部総体としての認識が曖昧だといっていいだろう。委員長の中西信也は、福田と会社の意図をどう捉えるかという点では、ほぼ一致しているももの、それではどう出るということになると、かなり異なっている。中西は昨日の続きを展開しながら、ゆっくりと助走を付けようとしていると福田には思えた。
 今日の集会の告知も、福田はもっと扇情的なモノにした方がいいと、冗談交じりで中西にいったが、中西が貼りだしたのは、ほとんど今までと変わらない事務的な告知だった。
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●組合集会開催のお知らせ●
7月31日(金) 午後6時より、第2会議室に於いて、組合集会を開催します。
内容は会社の回答書の検討と、労働組合活動に関するセミナーです。多くの組合員の参加をお願いします。
                      モータータイムズ社労働組合執行部 
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 これではあまりにも簡単過ぎやしないだろうか。特に回答書の内容に関しては、もっと危機感を煽った方がいいはずと福田は思った。しかし今そういった愚痴をいってもしょうがない。それよりも途方に暮れてしまうのは、自分が作ったレジュメの文面である。これではまるで教育実習の社会科の先生ではないか。しかし前にいる組合員の面々を眺めるにつけ、何をどう説明したらいいのか、どんどん自信が失せていくのだ。だが始めなくてはならない。彼は覚悟を決めた。
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★労働運動の意味、そして権利★
■そもそも労働・労働力とは何か。
産業革命以降、労働力以外に何も持ちえない層の出現。
労働組合の成り立ち
自由経済の成り立ち=自由競争・・・労働力の疲弊→自由経済から福祉国家
「労働者の権利擁護は経営側からの必須事項でもある」
・戦後日本 憲法の規定・労働三法
労働基準法
パート労働などを含む、労働条件の最低限の基準。Ex.労働時間は一日8時間、週40時間を超えない。これ以上の労働には2.5割増の賃金。休日の労働には3.5割増の賃金を支払う。→労働基準監督署
労働組合
団結権を擁護、使用者との交渉の対等性を確保、労働協約の意味を規定、団体行動の免責規定を定めている。使用者側の不当労働行為や労働委員会の調停等に関する規定もある。→各地方労働委員会
労働関係調整法
労働関係の公正な調整を図り、労働争議を予防する役割。主に公務員などのストライキ権の抑制に関与する。
労働三権とは何か。
団結権 組合を組織する権利。勧誘行為を使用者が禁止したり、妨害したりすることはできない。組合に加盟しないことを前提にした雇用はできない。
・団体交渉権 組合が使用者と交渉を行う権利。これを使用者が拒むことはできない。
団体行動権 労働組合員の決議でストライキなどの行動を行う権利。=これに対して会社は民法上の損害請求ができない。参加したことで解雇などの処分は禁止。
・不当労働行為  組合への様々に圧力、上記にあるように組合に入らないことを前提とする雇用や、団体交渉の拒否などは法律によって禁止されている。
権利の維持=労働組合はその存在が、労働条件の低下などに対する圧力といえる。健全な会社の確立、良好な仕事場の確保のために会社との交渉力が必要。その前提が、各組合員の権利の確認や組合への意見の提起、そしてなにより積極的な参加だといえる。
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 福田はこの紙をみんなに配った。それぞれが興味深げにそれを読み始めている。それは執行部の連中も同じだった。少しだけだが、自信が回復したように感じた。たった十数人に向けての「授業」が始まろうとしている。