『第2会議室にて』45

oshikun2010-08-26

2008年8月19日①
 委員長の中西信也が、2階にいる福田和彦のところまでやってきて、彼に声を掛けた。福田は慣れない数字と格闘していた。それは自動車の販売団体のホームページにアクセスしていて、過去一年回の売り上げ台数から、ミニバンだけを選んでまとめるのだが、出勤伝票さえ満足に出来ない彼には難儀だった。しかもそれは埋め草的な記事のための材料揃えだった。あまりやる気が起きない。
 福田の前で中西はちょっと息を整えてからいった。
 「太田ちゃんからメールが届いたよ。どうにかあの材料がまとまったので、今晩あたりどうかっていってきたんだ」
 中西は分厚いファイルを抱えている。会議に向かう途中なのかもしれない。
 「あの首切り覚悟の材料ってわけだね。それにしても時間が掛かったな。もうお盆も過ぎてしまったじゃないか」
 福田がそういうと、中西が笑って返す。
 「たぶん実家に帰って、身の振り方を相談したんだろう。いや、それは冗談だけど・・」
 福田はわざとまじめな顔で頷いた。
 「まあ、このまま放っておけば、まんざら冗談ということでは済まなくなるかもしれないけどね」
 しかし中西は福田の言葉を気にしない。
 「で、福田さん、今晩の都合はどうかな・・」
 それはまるで飲み会のさそいのようだった。事実そういった面がないわけではないのだけれど。
 「中西さんこそどうなの」
 委員長はこのところ早く会社出るようになったと、福田は執行部員の誰かから聞いたことがあった。
 「オレはウチに、飯はいらないよ、と連絡すればいいだけだよ。そっちこそどうなんだい」
 恐妻家だという噂はほんとうなのだろうか。
 「自分の場合は連絡も必要ない」
 福田は自分についてはほんとうのことをいった。
 「ツレにいわなくていいのかい」
 「いや、それでもツレの方が遅いくらいなんだ」
 「じゃ、了解だね。その旨、返信しておく。場所はどこにする・・」
 「駅前に集合にしょうか。6時でいいかい」
 「了解だ。じゃ、6時に・・」
 そういうと中西は足早に去っていった。
 その中西の後姿を見ながら、福田はここひと月の事態の推移を思い出していた。
 組合は前回の7月31日の集会以降、目だった活動をしていない。少しだけ語気を荒くした再質問状を提出したが、会社側に語気の荒さは伝わらなかったのか、それともあえて無視したのか、一週間後に組合に届けられた回答は、前回とほぼ同じ回りくどい内容だった。具体的には何もいってはおらず、しかし組合の活動やその存在自体を、真綿でゆっくりと締め付ける文言がそこには並んでいた。
 それを読んで福田は気分が悪くなった。それを書いたのは間違いなく取締役の石原信二だ。社長の東山徹にそんな才覚があるはずもなかった。福田はふと石原という男のことを思い出していた。
 パソコンのミニバンの台数の計算はますます進まなくなった。