十年前の住まい探し21

oshikun2010-03-05

 立体パズル感覚
 八嶋智人似の営業マンが案内してくれた物件、マンション「中野A」は中野サンプラザの真裏、つまり住宅地とはほど遠い喧騒の中にあった。目の前に早稲田通りが走っている。工事中のエントランスも、マンションというよりは何かのお店の開店準備という風である。
 グルリと建物の後ろに回り、ヘルメットを受け取り、それを被って中に入る。「鷺宮B」のときは、このヘルメットは必要なかったのだが、こちらはその日も工事中ということだからなのだろう。当然、中はホコリっぽく、ヘルメットだけでなく、できればマスクも欲しいくらいだった。
 この物件は周辺の土地や建物の事情に因るのか、外観が所々くびれていて、全体のイメージは取りにくい。逆にいえばそれがこの物件の「魅力」のひとつなのかもしれない。複雑に入り組んだエクステリアは、立体パズルのように、ひとつひとつの住居が組み込まれていると考えてみると面白い。設計者も、この建物全体の概略図を描くことは難しいだろう。
 私と八嶋智人似は図面集を裏返したりしながら、目ぼしい部屋を何件も見て回ることになった。斜めになった外壁をうまくバルコニーに取り入れていたり、クローゼットの場所に工夫があったり、キッチンの一部がカウンターバーのようだったり、ダイニングとリビングの間に段差を造っていたりと、みんなそれぞれに癖がある。これにコロリと参ってしまう人もいるかもしれない。
 確かに、図面を見れば、いろいろと魅力的で、まさに個性的な物件の目白押しである。しかし、やはりその魅力を削ぐ要因もあるのだ。それが眺めの悪さや、価格の高さや、あるいは狭さだった。こちらの存在感もまたかなりのものである。さらに感じたのは、モデルルームとして早く内装が出来上がっている物件の造りが、図面で期待したほどの質感を持ってはいないことだった。
 カタログのうたい文句は、「シティライフをエイジョイする、若い感覚を持ったあなたのために……」といったもの。残念ながらこのコピーには「若い感覚」がまったく感じられない。そして言葉通りにこの物件を造ったとするならば、その「若い感覚」とはチープなものといわざるをえない。
 一棟の中に個性のある物件が揃っているという点では「東中野A」と同様なのだが、こちらは「感覚」が先に立ち、「住む」ことが後回しにされているように感じるのだった。
 ふたりは営業所に戻ってきた。私はそこに置かれた別の物件のパンフレットに目が行く。
「確かに個性的ですが、私の期待する個性とは、ちょっと違うんですよね」
 営業マンの顔にまた失望の色が浮かぶ。