『第2会議室にて』01

oshikun2010-03-09

 このカテゴリー「お話、お話」はすべてがフィクションです。他のカテゴリーがほぼ本当にあったことを書いているのに対して、ここに書いていくことは、すべて私の妄想に過ぎません。しかし文章というものはえてして読み手に感情移入を要求し、さらにはそこに自己投影すらしてしまう場合があります。どんな文章でもその中に「自分」を見つけてしまうことは、ままあることなのです。しかし繰り返しますが、この文章は私の妄想に拠るものです。実在の個人や団体とはまったく関係はありません。そしてモデルにもしていません。この点はこれから続く文章についても同様です。そのことを踏まえた上で、もし「感情移入」や「自己投影」があるとすれば、それは大歓迎です。
 では「お話、お話」の始まり、始まり。

2008年12月5日①
 モータータイムズ社労働組合執行部の6人が会社側に呼ばれた。
 ふだんはあまり入ることのない役員会議室は会社の1階にある。細長いその部屋の広さからして、大き過ぎると思われるテーブルには、16脚の椅子が並んでいる。背もたれが高く、座り心地は柔らかい。長い時間は坐っていられない椅子だ。少なくとも仕事ができる椅子ではない。私たち組合執行部は入り口から見て右側に一列で坐る。そして会社側の3人は左側に坐る。
 会社側が上座じゃないか、副委員長の福田和彦はそう思った。来客も多いこの部屋の使い方をエライさんが知らないわけがない。しかしまあそれでもいい。私たちが席を蹴ってここから出で行くのなら、ドアの位置の関係からこの位置の方が好都合だ。しかし自分たちは決してそんなことをしないだろう。いやできないだろう。福田はそんなことをぼんやりと考えていた。もし、そんな勇気がもしあったとしたら、それはそれでおもしろい。
 テーブルの上には何も載っていない。会社の大きな変動が予想されたが、その変動がどのようなものであるのかは、福田たちにはまったく知らされていない。少なくとも具体的な事実としては。一枚の書類も一片の資料も、そして僅かな経験も、彼らは持ち合わせてはいなかった。

 「それではそろそろ始めたいと思います」
 モータータイムズ社の取締役である石原信二が、部屋の入口の方を見ながら、そういった。団体交渉といった言葉をあまり使いたくないようだ。会社側はこの石原とやはり取締役の小塚一良、そして社長の東山徹三の3人。対する組合側は委員長の中西信也、副委員長の福田和彦、書記長の村上悟と書記次長の向井良行、教宣担当の太田章、そして紅一点、渉外担当の河北たまきの6人だった。
 石原はいう。
 「ご存じのように、あとひと月足らずで、モータータイムズ社とカーライフ社は合併されます。合併以降はまったく新しい会社としてスタートするわけですから、新しい就業規則とそれに付随する諸規則が用いられます。まだ細かい煮詰め作業が残っていますが、組合にそれを提示しますので、ご確認ください」。
 石原はホッチキスで閉じられた書類を一部、委員長の中西信也に手渡した。その表紙にはモータータイムズ社と就業規則という文字、そして平成21年1月1日という日付があった。しかし、案という表現はどこにもなかった。中西は30ページくらいの紙の束をペラペラと捲った。しかしいまそれを読むわけではない。自分たちはこれをじっくりと読むことになる。きっと労働条件が悪化しているはずだ。それに自分たちはどう対応していけばいいのか。福田はその場の重い空気がそのまま自分の中に満たされるのを感じていた。