十年前の住まい探し23

oshikun2010-03-10

 「倉庫だから立ちません」
 マンション「浮間舟渡A」は健康への配慮が一番の売りのようで、モデルルームにいた40歳前後の女性の営業担当は、壁紙や床の材質や空調については過剰に語りたいようなのだが、周辺の環境とか間取りの工夫とか価格の値頃感などについてはまったく話してくれない。
 間取りにはどんなバリエーションがあるのかと聞いても、答えがないのだ。一瞬、彼女がこの営業スタッフではなく、外注先からの「健康のためのシステム」の宣伝担当者じゃないかと思ったぐらいだ。
 「マンションがこのくらいの高さだと、前に建物ができてしまえば、景観はぐっと悪くなりますね」と私がいっても、「いいえ、前は倉庫なので、高い建物は建たないのです」と答えてくる。
 私は土地利用に関する規則には疎いので、なぜ倉庫の跡に高い建物が建てられないのかわからない。例えば敷地が狭いので建ぺい率の関係から建てられないとか。すでに前の土地は当社が買い取り、3階建てのマンションが予定されています、などというのなら、シロウトでもわかるのだが、「倉庫だから」というのでは普通、絶対に理解できないのではあるまいか。
 これはそこで交わされた会話の一例。結局この物件自体にではなく、私は彼女が売った物件がはたしてあるのだろうか、ということに大変興味を持ってしまった。
 価格は5000万円台後半が中心で、床面積は主に80㎡台。7階建てで世帯数は50戸ほどだろうか。ほとんどが一間の和室が付いた田の字型で全室南向きの物件である。東と西の「角部屋」にいくつか大きなバルコニーが付く物件が、特徴といえば特徴かも。しかしこのバルコニーも東には同程度の高さのマンションが建っているので、その魅力は半減している。つまり、ありていに言えば、絵に描いたように「普通の物件」なのだ。普通であることに問題はない。ただ私の好みに合致しないというだけだ。その結論にモデルルームに入って5分も経たないうちに、すでにたどり着いてしまった。
 そんな帰り道の途中に、偶然にもマンション「浮間舟渡B」のモデルルームがあった。この事態は「鷺宮A」と「鷺宮B」の関係と同じだ。時間はもう午後6時を過ぎていたけれど、まだモデルルームは開いているようなので、パンフレットぐらいはもらっておこうという気持ちで中に入っていった。
 マンション「浮間舟渡B」は超高層マンションなのだけれど、私はその時点でそういった物件は検討の範囲外だった。眺めがいいのはいいけど、高いところは嫌いだし、だいいち、そういった物件の価格は高いと思い込んでいたのだ。
 「あのう、パンフレットをもらえますか」と受け付けの女性にいうと、こちらで少々お待ちください、と椅子を勧められる。やはりパンフだけを持ち帰ることはできないようだ。このモデルルームは2階建ての造りになっている。今までに見た中では最大級といえるだろう。
 やってきたのは若い女性だった。少しほめ過ぎだが、一見、中江有里似である。
「あっ、どうもすいません。もう営業時間は終わっているんですよね」と私。そして、慌てて付け加える。
 「実は隣のモデルルームを見てきたんですよ。そしたら帰り道にここがあったので、ちょっと寄ってみただけなんです」と買わない客光線全開である。私は若い女性の前では極めて正直なのだ。
 この「ちょっと寄ってみただけ」のはずの場所に、このあと何回も訪れることになるとは、この時はまったく考えていなかった。