『第2会議室にて』07

oshikun2010-03-27

 2008年7月1日②
 福田が会議室に入ってくるのを待ちかねたように、5つの顔が彼の方を向いた。内線をくれた太田と制作部の中西信也、広告管理部の村上悟、外車雑誌編集部の向井良行、そして2輪編集部紅一点の河北たまきの5人だった。部署の名前を思い浮かべるよりも先に、福田は気がついてしまった。これは仕事の話ではない。モータータイムズ労働組合の執行部会議じゃないか。
 「ようこそ、ようこそ」
そういって太田が福田に椅子を勧める。
 「まあ、座ってください。福田さんにお願いしたいことがあるんです」
 太田の向かい側にいる中西がいった。その前に福田が座る。
 「で、その前に福田さんに確認しておきたいですけど。これが何の集まりだかわかりますよね」
 太田がそういうので福田は頷いた。
 「そうなら話は早い。それでいま組合の委員長って誰だかわかりますか」。
 福田は首を横に振った。この座り方だとたぶん中西だと思うけれども、思うのと知っているのは別の話だ。
 「へーえ知らなかったんですか。ちょっと前までいろいろとやっていた福田さんなのに、どうしたんですか。委員長はもちろん中西さんですよ」
 太田は笑い顔で、そんな言葉を投げてきた。
 「いや、それは違うよ。いろいろとやっていたから、あえて積極的に知らないようにしてきただけだ」
 福田は太田に投げ返した。太田は投げ返されたボールが意外な速さだったので、慌てて先を進めた。
 実は先週辞令があって、執行部員だったネットメディア部の石川さんが編集長になったんですよ」
 ネットメディア部といえば二人か三人でやっている小さな部署で、主に携帯電話向けのネット情報を作成していたはずだ。最近部署が粗製乱造されていて、上司ひとり部下ひとり、いや部長ひとりの部署も生まれる。これでまた組合員がひとり減ることになる。
 「それで・・・」
 そのことと自分とどんな関係があるのだ。
 福田は太田のいうことの意味がよく分からなかった。最近の組合活動から、福田はさっき太田にいったように意識的に距離を置いていた。以前、組合執行部にいたこともあったが、そのとき組合員の意識レベルのあまりの低さと、自分への中傷から、活動の意義を見いだせなくなっていた。だから、その後の数年間に会社と組合とでどんな取り決めがあったのかも知らなかったし、あえて知ろうとも思わなかった。
 「石川さんが先月の選挙で執行部員に選ばれていたんです」
 中西が続けた。
 「それで・・」
 寒気が走った。
 「でも石川さんはすぐに管理職になってしまったんで、つまり・・・」
 中西が結論をぼかした。
 「俺が次点だったというわけか・・・」
 福田は唖然とするしかなかった。
 「その通りです」
 中西は安心した顔でそういった。福田は自分からいってしまったことに後悔した。でもまあしょうがない。しかし、福田はこれからの一年が自分にとってどんなものなのかを、このときはまだまったく想像することはできなかった。