十年前の住まい探し28

oshikun2010-04-05

 牛歩から馬へ、常歩だけど
 結局、何度もこのマンション「浮間舟渡B」のモデルルームを訪れることになる。モデルルームとして設えてあるのは70㎡を少し超えるタイプと、65㎡程度のタイプのふたつだった。室内の色は3種類が用意され、前者は明るい色の設定で、床とドアが白木に近いライトブラウン、、キッチンや水周りもそれに近い色が配されている。後者は逆にダークブラウンがモチーフで、床やドア、キッチンなどもそれに合わせた配色だ。さらにもう一つ、モデルルームはないけれど、ベージュを基本にしてオーソドックスな色合いも用意されている。私としては、最初のライトブラウン系が好みだった。
 営業担当の中江有里似譲が、私にこう質問した。
 「ご予算はどのくらいをお考えになっておられるのですか」
 まだ何回か前の書き込みにあるように、「見せてね、おばさん」的だった私は、ややドギマギして、ボンヤリ考えていた金額をポツリといった。
 「そうですね。5000万円台でしょうか。その後半になるとちょっと苦しいですけれどね・・・・」
 もちろん、そんなお金を持っているわけではなく、手持ちと銀行ローンでその程度であれば、無理をしてなくてもなんとかなると思っていたのだ。すると彼女からすげないお言葉。
 「そのような価格の物件はございません」
 ええっ、そんなぁ、想像以上にタワーマンションって高いんだなぁ、と私は彼女の冷たい言葉の前で、たぶんビクついていたに違いない。
 そして「・・・えっ・・・」と何か私が言葉を発する前に、彼女は天使のように付け加える。
 「当マンションには、そのような高額物件はございません」
 その一言で、タワーマンション=ベラボーに高いという先入観が払拭された。
 「こちらの間取りですと、階にも寄りますが大体3000万円台の中ほど、といったところです」
 70㎡の方のモデルルームを見ているときの彼女のその言葉が、私がせっせと並べてきたドミノをちょこんと触って、バタバタと倒してしまったのである。
 私のその頃の茫漠たるプランは、5000万円程度の物件を3000万円ぐらいはドカンと現金払い、あとの2000万円は細々とローン返却というものだった。しかしその彼女の言葉を解釈すると、当然のことながら、私にも少し背伸びすれば現金払いで、このマンションが購入できるということになる。しかもタワーマンションを、である。私のマンション購入計画は、牛歩から犬の歩み程度までスピードアップされることとなる。
 その当時は佃島などのかつての埋立地に、タワー型マンションが林立し始めたころだった。東雲の高級タワーマンションは、まだその姿を現していない。別格だったのは、川口本郷の55階建てのマンションで、これはかなり前からその威容を誇っていた。埼玉県には、他にもところどころにタワー型マンションが建てられた。武蔵浦和周辺は今やその「集積場」と化している。しかし今では池袋周辺にいくつか見られるタワーマンションも、その当時はやっと建設が始まった頃で、青山の山手線の内側のタワーマンションの広告に、みんなが溜息をついていた。つまり都内の北西部には、まだ分譲マンションとしてのタワー型はほとんどなかった時代ではないだろうか。
 私は、それから山手線沿線にあった発売中のタワーマンションを、背の低いのから高いのまでいろいろと調べてみた。しかし、「浮間舟渡B」に匹敵するほどの物件にはお目にかかれなかった。まだ時代が少しだけ早かったということなのかもしれない。さらに「浮間舟渡B」には、その目前に浮間公園というオマケ(付加価値)が付いてくる。
 私の歩みは犬から馬程度になりそうだった。でも、ちょっと注意しないと落馬したとき痛い。やはり常歩でいくことにしよう。