『第2会議室にて』19
2008年7月14日④
第2会議室全体が夕日のオレンジ色に満たされていた。窓の外はだいぶ暗くなってきたようだ。太田章が立ち上がって照明のスイッチを入れた帰りにいう。
「そうかぁ、井戸か。そうすると今度の合併で、水を汲み出す人がずいぶんと増えるわけだね」
それに福田和彦が返した。
「今までは田中社長が変なことをやっても、それはひとつの桶でアヤシゲな人に水を与えていたに過ぎないからね。極めてシンプルな構造だろ」
村上悟が付け加える。
「しかし、合併後の会社は社長がだまされたんじゃなくて、確信犯となって別の水槽に移そうとする。しかもそれをする人の数は複数だ」
「そこまでいってしまうのかい・・・」
向井良行には少し疑問のようだ。
「美味しい水がなければ、合併なんていってこないわよ」
こういったのは、河北たまきだった。
「田中社長は、結局最後にみずから選んだ東山社長にだまされて、井戸もつるべもすべて渡してしまったというわけか」
中西信也はまだ書き足りないことがあるように質問状を見ながらいう。
「『朝顔につるべ取られてもらい水』、ってか」
福田がそういったあと続けた。
「この場合、もらい水をするのは田中さんだな。別のところに小さな井戸である名誉職を見つけたからね。じゃ、朝顔は誰かな」
「ええっ、それって意味がわからないんですけど・・・」
太田はやはりいい味を出している。
「東山社長とその取り巻きかしら」
河北が答えた。
「いや、違う、と思う。この朝顔そこ、我がモータータイムズ社労働組合だよ。少なくとも気持ちとしては・・」
福田の言葉に太田以外のみんなが軽く首を縦に振った。
「だから、その意味を教えてくださいよ」
太田はまだいっているが、福田は無視した。いじくりがいはある。
「自分たちが朝顔になって、意味のない資金が会社から出ていくことを防ぐ必要がある」
「しかしそれをどうやってやるんだい」
向井が質問した。
「ただ淡々と労働組合の原則に従って行動すればいいだけだよ。質問状はその最初の一歩さ。ただし歩幅はかなり狭いけどね」
福田はわざととぼけてそういった。確信があるわけではないけれど、何もしないよりはいい。
「それじゃ、週明けの月曜午前中にでも、この質問状を正式な書面にして会社側に提出するけど、そのときちょっと遊んでみたいと思うんだ」
中西は珍しい笑顔でそういった。
「ふつうは封筒に入れると思うんだけど、今回は文字の面をそのままアチラに向けて渡すことにする。きっとその瞬間に文字ズラを読むはずだからね。どんな顔をするか楽しみだ」
これにみんなが応じた。
「異議ナシ!」
そういった言葉が自然に出てくることが、みんな不思議だった。
「渡す相手は誰になるの」
河北がいう。
「石原さんだよ。彼が一応、組合担当だから。それに昔々の委員長だし」
中西がそれに答えた。
「元委員長がいったいどういう顔をするのか。きっと慌てて、そのまま社長のところに御注進すると思うよ。賭けてもいいけど」
村上が笑いながらいう。
「賭けにはならないな。みんなが今、その情景を思い浮かべているもの」
向井のその言葉にみんなが同意した。
「ところで・・・いいかげんに教えてくださいよ。朝顔とかつるべっていったい何のことですか」
最後に太田が助けを求めた。窓の外はもう真っ暗だった。