『第2会議室にて』32

oshikun2010-06-18

 2008年7月28日⑤
 福田和彦は続けた。
 「ストライキ権を組合で確立させるというのは、会社側に対して交渉上の大きな武器となるんだ。さっき、とてもじゃないがストなんてやったら、自分の首を絞めることになる、っていう話が出たけれど、もしちゃんとしたストライキを打ったとしたら、会社側の被害はそんなものでは終わらないはずだ。だから組合側もそのあたりは心得ていて、ちょっとしたジャブを交わす程度に、2時間ぐらいの時限ストを行なったりする。2時間だったら、仕事にはほとんど影響はないし、さらに会社側には組合が本気だと認識させることができる。でもね。ストライキはいわば核兵器だ。一度使ってしまうと労使の関係が、とんでもないところにいってしまうことも十分に考えられるから、日常はとにかく抑止力としての効果を期待するほうが、有効だと思う」
 福田は少し話が難しくなってきたように思った。そこに中西信也が助け舟を出してくれた。
 「ストライキをやるかもしれないと、会社側に感じさせておくことが大事というわけだね。そんな権利は難しくてわからないし、やったら大変だなんて思わずに、頭の隅にいつも置いておいて、会社がなにか変なことを始めたら、『アレ、いいんですか。そんなことして・・・』というばいいんだ」
 福田は接ぎ穂を得た。
 「そう、まさにその通りだよ。『私たち、こんなの持ってますけど、使っちゃっていいんですか・・』とチラつかせることが大事なんだ。それにね。正当な手続きでストライキを行なった場合、会社はその損害を組合に請求することはできないんだ」
 突然、向井良行が発言する。
 「そうか。何もビクビクする必要はないんだ。ストライキをして、本がでなかったらどうしてくれるんだ、と会社がいってくるのかと思ってたけど・・・」
 それに村上悟が続けた。
 「しかし、ホントはストを打つ前で解決しなくてはいけないんだよね。ストの権利は問題の解決までの緊張感を作ってくれるというわけだな」
 いつの間にか第2会議室に射し込んでいた西日が消えて、外は少しだけ暗くなってきた。
 太田章がめずらしくまじめな顔でいう。
 「これまで組合は、ただ給料とボーナスの交渉だけをしてきた。それも田中社長のご機嫌を伺いながらね。でも東山が社長になってから、給料は年棒になって、ボーナスもなくなったから、もう組合なんていらないじゃん、という気分が社員の中にも広がってきている。でもそれじゃいけないと思ってはいたんだけど、じゃ何ができるのか、ずっとわからないままでここまできてしまった・・・・」
 村上が時計を見ながらいった。
 「今までは暖簾に腕押しというか、糠に釘っていうか、とにかく会社はここ2、3年の間は組合の言い分に対してほとんど反応してこなかった。で、組合執行部もそれをいいことに、といってしまっては悪いけど、まあ集会開いてもテーマもないし、ただ存続していればいいか、なんていう気持ちでいたんじゃないかな。でも会社が反応しないってことは、すごい策略だったってことが今回わかったというわけだ」
 福田は少しまとめてみようと思った。
 「とにかく会社は労働協約が失効しているとしている、これがどの程度正当なものなのかを考えなくてはいけない。またこれから押し寄せてくる予想される、就業規則や賃金基準の改定に対して、自分たち組合はどれだけ対応できるのか、その論拠や手法を考えて、それをみんなの共通の認識としなくてはいけないと思う」
 中西が手を挙げて発言した。
 「今いった。共通の認識って、例えばどんなこと・・・」
 福田は即答した。
 「組合っていうのは、いったい何なのか。何のためにあるのかということの再認識、いやたぶん初めての認識作業だろうね」
「具体的には・・・」
「例えばセミナーでもしてみるかい・・」