サックスの渋み

 てなことで、今回はサックスの4枚です。超有名盤ですが、お許しを。
●SAXOPHONE COLOSSUS/1956/SONNY ROLLINS
 ソニー・ロリンズの1枚といえば、これしかありません。誤解を恐れずにいえば、コルトレーンがニュー・ミュージックなら、こっちは演歌。アクの度合い、こぶしのまわし方も堂に入ってます。特に2曲目がド演歌で、「このイントロなんとかして欲しいよ。ストリップ小屋じゃないんだから」と思ってしまいますが、ほかの曲の出来のよさで十二分に帳消し。このアルバムのよくない点といえば、あまりにちゃんとし過ぎているということ。彼のベストCDを作るとしたら、このアルバムのほとんどの曲がその中に含まれてしまうことでしょう。
●MEET THE RHYTHM SECTION/1957/ART PEPPER
 ガーランド、チャンバース、フィリー・ジョー、いわずと知れた黄金期のマイルス・クインテットリズムセクション。そんな彼らを迎えての、まだチョボチョボ時代のアート・ペッパーが、全身ガチガチ状態で作った作品。そしてそのガチガチが最高にいい方向に彼を導いてくれた作品だといえる。まずは出だしの1曲目が最高。もう30秒聞いただけで、鐘をキンコンカンと鳴らしたくなる。普通の白人のジャズマンというのは、どうしても、スタン・ゲッツみたいにサラリとした感じの音を出すんだけれど、ペッパーはドロリとはまではいかなくても、トロリぐらいはしている。その適度さ加減がまた日本人に受けるのかも。でも白状すると音だけ聞いて、黒人か白人かなんてだふん分からないと思うけどね。
●DIPPIN/1965/HANK MOBLEY
 こちらは65年だというのにまだギンギンにハードバップやってます。「だってこっちの方が頭使わなくていいし、楽しいんだもん」というハンク・モブレーの声が聞こえてきそうです。球でいうとスタンリー・タレンタインが軟球なら、彼はテニスボールってとこ。軽快な人なつっこい曲をもってきました。1、2曲目はその最たるもの。途中でザ・ピーナッツが歌い出しそうな気分になってきます。場所は船橋ヘルスセンターのステージ。モブレーはいわば1.5流ほどのサックスプレイヤー。でもその地位にはその地位にしか表現できないものもある。表現といってしまうと堅苦しいかもしれないが、それは例えばフル・マラソンやスプリントランナーではなく、ジョギングしているおじさん。箱根駅伝の走者やジョイナーの姿よりも、時としてプクッと少し膨れたおなかのジョギング姿の方が、人の心を打つってことあるもんね。ちょっと違うかな。
●BLUES WALK/1958/LOU DONALDSON
 ハンク・モブレー船橋ヘルスセンターなら、ちゃんと暖房も効いてるはずだが、ルー・ドナルドソンのこちらはニューヨークのストリート・ミュージシャン。「いいもんね。心の中は暖かいから」。ルーは聞く人がひとりもいなくても、楽しげにサックスを吹いてます。誰も聴いていなくても、「聴いているのが一人いるよ。俺自身さ」。さっきのハンクが遠くから観てます。「いいよな、アメリカだもんな。俺なんか千葉だぜ」。
 ルー・ドナルドソンは変わりません。変われないのではなく、変わらないのです。コルトレーンもマイルスも変化を求めました。しかしルーのアイデンティティは変わらないこと。逆にいえば、彼の音楽は変わらなくてもいい音楽であったということなのでしょう。街角のお地蔵さんがいつも姿を変えていては困ります。30年、50年、100年、お地蔵さんはそのまんまで、ずっとそこにいるからこそ、みんなは安心していられるのです。ルーは今でもニューヨークの小さなスナックのおまけのようなステージで、アルトを吹いているようです。