まだ聴こえてる。

 先月亡くなった原田芳雄さんとは、一度だけすれ違ったことがある。
 確か1976年のことだったと思う。おっと、もう35年も前のことじゃないか。
 あの当時はよく、TBSラジオの故林美雄さんがパーソナリティを務めるパック・イン・ミュージックを聴いていたのだけれど、そうか、二人とも「ヨシオ」さんだったんだね。
 で、その林さんが年に一度ぐらい、当時のTBSホールなどで、パック祭りというイベントを開催していた。実をいうと、このパック祭りで私は初めて、まだ有名じゃない頃のタモリや、そろそろ有名になりかけていた荒井由実山崎ハコ、かのミスター・スリム・カンパニーなどと対面したのだが・・・、と書いていくとながながと林美雄さんのことを続けてしまいそうなので、それは8月25日に取っておくことにしょう。
 で、そのパック祭りなんだけど、たぶん第2回かそこらで、第1回目は応募ハガキが当選したので普通に観ることができたのに、第2回は当たらなかったか、もしくはもともと応募するのを忘れたか、だった。で諦めていたら、当時の知り合いが林さんの番組のADと仲良しで、こそっと入場することができたのだ。
 しかも外で待っていてもしょうがないので、なんと開場する前にホールのロビーに入れてくれたのだ。おお、なんたること。ガラスのドアの向こうにはリスナーの列がある。それをもうしわけない気分で見ていると、そのドアの向こうから、黒い大きなコートをまるでマントのようにひるがえして入ってくる男がいる。
 その人こそ原田芳雄さんだった。しかももう一人の男をまるで従者のように従えて(たぶんギターの伴奏者だったと思うけど)いて、それがまた似合っていた。
 彼らは私たちの前を通り過ぎると、そのまま楽屋かどこかへと消えていく。その歩調がまた速かった。私の隣に座っていた知り合いは原田さんの大ファンで、発売直後のたしか『ラストワン』というアルパムにサインをもらうべく、全力疾走で彼を追っていったのだ。
 その日の彼の「りんご追分」は絶品だった。人の声というものがこんなにも美しく、そして心に沁みるものだということはそのときまで知らなかった。原田さんのギターの音色も、その声とまるで競演するがごとく、ホールに響いていた。
 あのひとときを私は忘れることはないだろう。そう、もう35年も憶えていることだしね。