天体望遠鏡への遠望 番外編

 (昨日の続き、のようなもの)
 今日は初めてSFファン交流会に参加。いろいろと貴重な話を聞けてよかった。しかし皆さん小さな時からしっかり本を読んでいますね。こればかりはもう絶対にリカバリーできない。若いときにしか開かない感受性って、あるのかもしれないなぁ、とおじさんはシミジミ思う。
 2次会へ向かう道中では空木春宵さんと、表現しない表現方法とかについて語り合う。いやはやマジメな話をしてしまった。
 そして2次会、この詰め詰め感は学生時代の飲み会以来である。動き回ることがほぼ困難なのがチト残念。そして参加者のSF熱はスゴく、その熱さに当てられっぱなしである。むーむ、勉強せねばなぁ、とここでまた反省。
 家路を急ぎつつ、空を見上げれば見事な月。今日は皆既月食で、かつ絶好の観測日和である。しかし残念ながら部屋の窓からは月が見えない。そこで10時30分過ぎに10センチカセグレン式反射望遠鏡と三脚、双眼鏡と、それにツレを連れてマンションのエントランス近くで観測を始めた。すでに月は半分ほど欠けている。
 鏡筒を三脚に固定して、月の方向に向けるがあまりに天頂付近のため、かなり難しい姿勢になってしまう。うーむ、それに天頂プリズムがない。それを取りにまた部屋まで戻るが、今日の鏡筒とは径が違っている。あーあ。
 でもまあいい。ちょっと無理な姿勢になるけど、見えないことはない。で、今回気づいたのだけれど、望遠鏡で観ると太陽光線を直接受けた半月などはその影の部分との区切りが極めてはっきりと、つまりギザギザに見えるけれど、今日のような月食の場合、地球の影に隠れていくわけだから、その境があいまいに見えるのだ。まあ、そんなことは当たり前のことだけれど、それを実際に目で確認するってことが面白い。
 そして11時過ぎ、いよいよ皆既の状態に。赤くぼんやりとした月が浮かんでいる情景は、どうしたわけかとても立体的に見える。それはほんのちょっとだけ幻想的でもあった。月食を見るのは、双眼鏡でも望遠鏡でもなく、やはり肉眼が一番いいと思った。
 そんな月を見上げて首が痛くなった二人の前を、何人かの通行人が怪訝そうに通り過ぎていくのだった。(また元に戻って続きます)