薄れゆく記憶の心地よき宴

 小学校と中学校時代の同級生が集る忘年会にいった。
 なにせ人によっては40年ぶりなんだから、ちょっとした不安を胸に地元の会場へと急ぐ。私は20年以上前に引越しをしていたが、地元で暮らしている連中も多い。すでに始まる時間を15分ほど過ぎていて、会場となったお座敷はすでに大盛り上がりとなっている。その中に足を踏み入れて、はたと気づいた。まずい、集っている人の5分の1程度しか顔が分からないのだ。
 20人ぐらいが集ると聞いていたけど、そこには40人ぐらいの一見中年から初老に至るまで実際にはみんな同い年の不思議な集団がいて、それぞれ四方八方に顔を向けつつしゃべくりあっている。その空間が騒音ともいっていいくらいの声に満たされているのだ。
 自分の名前を名乗ると、「おーっ」という声と「だれそれ」という声が聞こえる。おいおい。それでも今日の集りを教えてくれたヤツの隣りにおとなしく座る。やれやれ。とにかくまずは少し酔ってしまわないと、この環境に馴染むことはできないと、ビールを続けざまに飲む。つまみが運ばれてきてそれをぱくつく。するとどうにかその雰囲気に慣れくる。
 中学3年は7組まであったのだから、総勢は300人程度だ。同じクラスならいざ知らず、なかなか顔が記憶とリンクしない。ましてや名前が出てこない。しかし酔いが回ってくると、あいまいながらに、「うーん、そう、なんとなく憶えている」顔が、髪の毛が少なくなったり、アゴが二つになったりしている顔に重なり合っていく。
 そして宴が進むにつれて、やがてはそんな重なり合いなどどーでもいいことになっていく。そして40年目の自己紹介をしようと、一人ひとりが名前と近況の報告。
 すでに孫が4人もいるとある女性が報告すると、会場が沸く。それに応えて「でも私は双子を一回産んだだけなんだから」って、あまり答えになってない。
 「子供が二人に妻が一人」というと、「まだたった一人なのか」と、ありがちな冗談が飛ぶ。
 いい歳の中年集団が、あだ名か呼び捨てで呼び合っている。これも同窓ならではのこと。
 来年の忘年会がやはり12月29日と決定されて、幹事をジャンケンで選出する。
 そして2次会の会場へと駅まで歩く。私は終電に乗るために歩く。道すがらある人といっしょになり、大きな声でしゃべり合う。彼はトイレに行きたいと早足になり、みんなと離れていく。いろいろとしゃべったけど、いったい彼は誰だったのだろう。でもきっと向こうでも私が誰だか知らないだろうなぁ。