足もまた洗えず13

 モグラのごとくホームにぽっかりと空いた穴から、目黒駅に立つことになるなどとは思わなかった。目黒駅なら東口からはロータリーに面した階段を上って、左側の改札を入る。西口からは向こうに本屋のある通りから今度は階段を数段ほど降りて、当然右側にある改札を抜ける。これが目黒駅の使い方のはずだった。そんなかつての思い出深いJR目黒駅に、まさかこんな感じでアプローチするとは思わなかった。
 そしてふと思う。東京に長年住んでいればいるほど、東京の成り立ちが分かりにくくなっているのではないだろうか。実際、よく使う新宿駅も新南口はゆっくり動く軟体動物のように姿を変えている。最近行った渋谷も帰りがけにあの交差点で見上げた風景は、すでに私の渋谷ではなかった。
 そんな目黒駅で山手線外回りに乗り、池袋で埼京線に乗り換える。もう夕方である。十条駅を出発してすぐだった。ドアに身体を預けて線路際の道路を眺めていると、二人の母親を中心に、3、4人の子どもたちがかたまって歩いていた。そのまとまりから4歳ぐらいの女の子が駆け出す。彼女は赤い鮮やかな浴衣を着ていて、それが路傍に打たれた花のようだった。きっとおしゃべりに熱中する母親たちの歩みに耐えられなかったのだろう。でも彼女はどこへ急ごうとしているのか。その答えはすぐにわかった。
 次の線路と直角に交わった路地が小さな祭りの会場になっていて、そこに手前の道の閑散さが信じられないほどににぎわっている。そこにはやはりたくさんの小さな花が咲いていた。それにさっきの女の子も混じろうとしているのだ。
 やはり電車はいろんなものを見せてくれる。