足もまた洗えず12

 その頃、目蒲線に乗車したという記憶は、五反田か目黒で酔いつぶれて、終電のあと不動前の彼のアパートに何人かで転がり込んだ翌日に、ただ何もすることがないが、狭い部屋にいてもしょうがないということで、目黒まで出掛けたときの記憶ぐらいなのである。
 そのときはたしかに目蒲線の目黒駅は山手線とほんの少しだけ併走して、すぐに行き止まりのローカル的な雰囲気のある終着駅としてあった。JR目黒駅に乗り換えるには、改札を出て、橋を渡らなくてはいけなかったはずだ。しかしそれはあくまで記憶の中の目蒲線目黒駅である。
 記憶といえばこんなこともあった。やはり五反田で酔っ払って、彼のアパートへ向かうとき、彼は目蒲線の盛り土の上に突然登り始めたのだった。しかし彼の不幸は目の前にあった。彼の高き場所のすぐに下に交番があったのである。かくして酔っ払いはどやしつけられる。もちろん一般市民として下の歩道を歩いている私は他人である。いや結局なんのお咎めもなく、放免されたのは彼の幸いではあったのだろう。もし交番の中に誘われて、調書でも取られていたとしたら・・・・、いやそれもまた別の話ではある。
 しかし目蒲線改め目黒線はまったく様変わりしてしまった。乗り込んだ洗足駅は小ぎれいな半地下の駅である。そういった造りの駅がずっと続く。もちろんあの不動前駅も。ここで降りても、たぶん何もいいことはないだろう。あのモーニングを注文したあの喫茶店も残ってはいないはずだ。
 そして電車は目黒駅に着く。かつての目黒駅とはまったく違う地下駅。下車して案内板に従い、JRのホームへ。まるでモグラが頭を出すように、昔はなかったはずの穴ぼこから、ホームに出た。