チョーさんじゃありませんよ、淀川さん。

 島森路子さんが亡くなった。
 島森さんとは四半世紀ほど前に二度だけお目に掛かっている。某PR誌の企画のために、とある縁で島森さんから淀川長治さんを紹介いただいたのだ。だから島森さんと会った時は、近くに淀川さんがいたことになる。
 淀川さんは全日空ホテルのスイートにお暮しで、ロビーでスタッフと待ち合わせた。部屋を訪ねると淀川さんは私のことを、俳優のチョー・ユンファと勘違いする。どこまで本気なのかはわからないけど、その勘違いは、島森さんが「この人は忍澤で、編集の人ですよ」というまで続いた。
 二度目は確か東銀座のスタジオだった。ここでは淀川さんの録音が行われていて、その合間に撮影をお願いしたのだ。この時も淀川さんは私のことを、香港の映画スターと思って、「あなたはチョーさんですよね」という。それを島森さんが「淀川さん、前にお目に掛かっていますよ」とたしなめる。もしかすると、これは淀川さん流の遊びだったのかもしれない。
 その日はスタッフ全員で記念写真を撮った。淀川さん、島森さん、デザイナー兼カメラマンの早坂さんはすでにこの世の人ではない。こちら側にいるのは、私ともう一人のスタッフだけになってしまった。