喪失というテーマ

久しぶりに池澤夏樹さんの小説を読みました。『マリコ/マリキータ』はそれぞれ別のテイストを持った五つの短編を集めた文庫ですが、どこかにちょっと出掛けた往き帰りにでも読めるほどの厚みで、気軽に池澤ワールドを堪能できます。
この短編集を一読して感じたのは、そのどれもが喪失についての一篇ではなかったかということです。表題作の『マリコ/マリキータ』は、恋人を失うべくして失った男の物語であり、『梯子の森と滑空する兄』は、すでに関係を失った兄に対して主人公は感慨にふけり、『アップリンク』は、クライマックスの情景が真実かどうか怪しくなって終わり、『冒険』は、大切なものが失踪したあとの妹と兄の戸惑いであり、そして『帰ってきた男』は、今までの価値観のほとんどを無くした者の話、短編の主題をそんな風に見ることもできるでしょう。
 この五作の中で一番「なるほど」と思ったのは『冒険』です。何の解決も見ないままに小説は幕を閉じますが、それがゆえにリアイティを得ているようです。そして一番「おもしろい」のが『帰ってきた男』です。物語は『惑星ソラリス』や『ストーカー』をイメージさせますが、さらにこれを中篇もしくは長編として書き換えてくれることを期待したい一作でした。そしてまた池澤さんの長編を読んでみたくなりました。