佐々木譲さんを読む 01

oshikun2009-11-01

『巡査の休日』
 佐々木譲さんの新作である。
 この作品を読み始めて、まず『道警シリーズ』の小島百合との再会が私自身うれしくてたまらないことがわかった。いってしまえば、彼女に限らず第一作の「チーム」の面々はいつも自分の中にいて、この作品がまるでひさしぶりの手紙のように、彼らの元気な姿になにやらニタニタしてしまうのである。特に前回の『警官の紋章』では、佐伯と小島に関係にヤキモキしたままだったからその感は強い。それは今回も進展はしないのだがそれはそれでいい。佐伯はさらに渋みを増したし、小島もさらに一皮向けた。
 ところでこの小島百合、私は最初の『笑う警官』から勝手にタレントのMEGUMIを「キャスティング」していた。ほかの男たちは特に誰とはイメージしていないので、ちょっと不思議だが、あの我の強さが結びついたのかもしれない。よって今度の作品も小島は松雪泰子ではなくMEGUMIのままなのである。
 物語は読者の予想とはゆっくりとずれていく。展開の主流にいくつかの傍流が現れるが、それがどう結びつくかはわからない。しかし、主流の微細な変化をたぶんほとんどの読者は読み取ることができる。しかし、その理由は不明のままだ。その疑問が解かれる瞬間、それは読者によって異なるだろう。ある人にとっては先ほどの微細な変化と同時だし、また別の人は最後のシーンということになる。
 私はたぶんその中間あたりだろうか。わかった瞬間にパタンと本を閉じて、遠くの景色を眺めた。そしてその味わいを確認する。ふむふむ。これはおいしいものを口に含んだときに、ふと箸を置き、眼を閉じてその食材に気持ちを集中するのに似ている。
 『北帰行』と『二度死ぬ町』の雑誌連載を除いて、譲さんは『警官の血』以降ほぼ警察小説に専念しているといっていいだろう。それはたぶん市場や媒体の要求によるものではなく、譲さん自身がこのフィールドにほれ込んでいるからだと思う。以前、譲さんは企業モノ、恋愛系、歴史小説、戦争大作、ウエスタン調などその筆の翼を大きく広げた作家として知られていた。しかしここ数年、マスメディアには逆に「警察小説」の第一人者として紹介している。しかし読者としての判断はともかく、書き手本人としてはきっと少しだけ苦りながらも、ちょっと微笑みつつそれを是としているのかもしれない。
 私が本作でそう感じたのは、佐伯が東京まで出向いて、愛知県警の服部に書類を渡すシーンである。物語の喧騒を離れたところで、お互いをあまり知らないふたりの男がそれでも深いところで信頼し合い、「約束」を交わす。抑えた描写でありながらも、このシーンは作品としての山場であると私は考える。そしてここには、書き手のこのフィールドでの決意も込められているようだ。そう、譲さんは彼らを描き続けてきたことで、自ら描いた彼らの本懐を知ったのだ。
 この小説の題名は『巡査の休日』である。一読するとそれはラストシーンを意味すると思うかもしれない。しかしこの佐伯と服部を描いた4ページにも満たない箇所、ここも「休日」である。そしてこの「巡査」とは階級のそれではなく、職務を明確に理解しそれを果たそうとしている彼ら現場の警察官を指しているのではないだろうか。彼らは時に「休日」の名の下でそれを果たさざるを得ないが、それを苦にすることもない。服部が重いショルダーバッグのせいで、ジャケットの肩のラインがくずれても気にならないことと同じように。そしてこの「ラインのくずれ」こそ彼らの勲章なのだが、それに気づくこともないのだ。