柴又、記憶のうちに 2

oshikun2009-11-13

 喧騒の中の落し物
 柴又帝釈天では年に何回か庚申と呼ばれるお祭りがあった。近くに住んでいた小学生時代はその公式行事に関心はなかったのが、参道に立つたくさんの出店を眺めて歩くだけでもとても楽しかった。
 山門近くの飴細工の出店では、小さなハサミひとつで器用にいろんな動物が瞬時でできていくのを、目を皿のようにさせて見ていた記憶がある。「どんな動物でも造るよ」と、店の人がいうと、ある客が「見ザル、聞かザル、言わザル」を頼む、という。すると「それじゃお代は三匹分」だという、そしてみんなが笑う。
 人垣ができていて、その囲いの中では口上も豊かに、蛇を手にして薬を売っていて、すき間から少しだけその形相が見える。
 小さな鍋の中のトロリとした飴が一瞬にして膨らむ不思議さや、真っ赤な服を着た唐辛子売りの標本箱のような商品入れに目が釘付けとなる。
 その頃の柴又のお祭りには、喧騒があり、雑然とした雰囲気に楽しさが充ちていた。前にも書いたがそれは「寅さん」で有名となるもっと昔の話だ。
 ある日、友だちと参道を何往復して、遊んだ後、財布が落ちているのを見つけた。拾わないわけにもいかず、そして拾いはしたが交番に届けるのも面倒だから、また落としてしまおうかと話し合っていると、持ち主だという婦人が現れた。そこで渡してしまうのもまずい思って、その婦人と友だち数名で、ぞろぞろと柴又街道沿いの交番まで歩いたことがある。
 そこで財布を開けてみると、中身は何と百円玉が一つだけ。つまり掏られた財布が札だけ抜き取られて捨てられていたということだろう。
 しかし感心な子どもたちだ、と年配の警官は、5、6人の子どもたち全員に自分のポケットからそれぞれ10円ずつの駄賃をくれた。私たちはなにか気まずくもあり、うれしくもあり、今まで体験したことのない不思議な気分でその日を過ごすこととなる。帝釈天の山門。蛇を使った薬売りはこの手前左側で行なわれていた。
★平日でもこの程度に賑わってはいる帝釈天の参道。
★かつて財布を届けた交番。いまではすっかり新しくなっている。
タイトル横は柴又街道に面したアーチ。