とぼとぼ映画雑言ロード 10

『ベニスに死す』
 70年代に劇場上映の予告編を見て、勝手に映画史上に残る名作と思ってきた。それはたぶん間違いないのだろうけれども、40年近くの歳月はこの概念をコチコチにさせていたようだ。だからなのかその期待に反して今回初めて観た直後の単純な感想は「ただのストーカー映画じゃないか」というもの。しかし少しだけ時間が経つとそうでもないぞ、という気持ちが小さくもムクムクと沸いてくる。ただ『惑星ソラリス』のようにその深みに入ろうとする気にはまだならない。でもタイトルバック後の名状しがたい美しさの夕陽の中を行く船や、汚れてもなお気品を持ったベニスの街などをもう一度見たくなる日がやってくる予感はある。
『夢追い』
 まったく予備知識がなく見始めた。警察に追われて、ひょんなことからいっしょに逃避行をすることとなる男女二人。しかしフランスの警察ってすぐに発砲してしまうんだなぁ。で、硬く感情を表さなかった彼女(はいカトリーヌ・ドヌーブです)も、ゆっくりと彼に自分のいままでの体験を話し始める。ふたりはやがて大西洋を渡りカナダ、そしてアメリカヘ。映像はいつも色のトーンが抑えられていて冷ややかだが、美しく、ロングショットや俯瞰をさりげなく使いながら個性的な雰囲気を持っている。そして最後に気づいた。そうか監督はクロード・ルルーシュだったんだ。1979年の作品。最後のシーンで二人のニューヨークの寂しい廃車置場に到着するが、その向こうには貿易センタービルがそびえたっていた。
『陽のあたる場所』
 1951年の制作だが、原作はセオドア・ドライサーの『アメリカの悲劇』(1916年)で、以前にもグリフィスが映画化を企てたり、エイゼンシュタインが脚本を書いたりしたことがあるという。映画化は今回が2作目。モンゴメリー・クリフト演じる主人公は、叔父に取り入り栄達の階段を歩む。エリザベス・テイラーという魅惑の人の心も手に入れた。しかし以前の恋人から結婚を迫られた彼は、今の地位を守るために殺害を企てる。その直前に彼女は事故で水死してしまい、彼は実際に手を下していないにも関わらず処刑台に送られる。というまさにアメリカの階級社会の矛盾を描いたはずなのだが、ただただテイラーの美しさが目立った作品ではあった。主人公が豪華なパーティ会場を後にして、恋人の待つ部屋に入る場面、そのあまりの格差が彼の包み隠した心情を顕わにしてしまう。ちなみに主人公の部屋にはミレイの有名な絵、『ハムレット』の登場人物で狂気のうちに水死する『オフィーリア』が飾られている。
『踊る結婚式』
 インド映画かと思ってDVDを載せると、なんと昔のミュージカル映画。いつでもおじいさん顔のフレッド・アステアが軽妙にタップを踊る。内容は訓練中の軍隊を舞台としたドタバタ喜劇。こんな映画も年に3回ぐらいだったら観てもいいかも。
8人の女たち
 雪によって屋敷に閉じ込められた8人の女たちが、その朝殺された父親の犯人を捜しだそうとする。ときどき歌が挿入される、少しだけミュージカル自体のサスペンス映画。色がかなり艶やかでタイトルバックの文字はすべてがピンク。オチが途中でわかってしまうのだが、これは正しい鑑賞法だったのだろうか。
『群衆』
 ある女性記者が自殺願望を持つ架空の人物ジョン・ドゥーの訴えを、新聞のコラムに書くとこれが大反響を呼ぶ。そこで新聞社は、ジョン・ドゥーは自分だと名乗り出た人から、一人を選びキャンペーンを張る。女性記者による彼の弁舌が民衆から圧倒的な支持を受け、やがて巨大な大衆運動となっていく。新聞社の社主は彼から大統領候補としての指名を受けようとする。ラスト近くの全国大会は圧巻で、まさに優しさのファシズムの様相だが、これってまさにアメリカの大統領選挙と同じではないかとふと思ってしまう。まさにメディアによる大衆操作の恐ろしさを描いていて、見事である。フランク・キャプラ監督の1941年の作品。
『ダロウェイ夫人』
 時代は第一次大戦終了後。国会議員の妻として生きる女性の前に、かつて惹かれあった男性が現れる物語、それに戦争の心的外傷で、死んだ戦友の幻覚を見る若者の物語が交錯する。この若者は女性が彼との記憶を呼び覚ます年齢の世代でもある。かつて青春を謳歌した世代は、いまや戦争の犠牲者の世代。若者が自殺した報に接して彼女は自殺を思いとどまる。それはまた時代と階級の格差を歴然と表現している、のかなぁ。
『脱走特急』
 第二次大戦末期、収容所から集団脱走した連合国軍兵士の脱出劇。脱走列車の中で捕虜たちに捕虜となったドイツ将校とイタリア娘、その死がそのままドイツとイタリアを表しているようではある。しかし二、三人で列車を奪われるほどドイツ兵はバカではないでしょう。少なくとも貨車の上の兵士が、全員前を向いているというのは絶対にムリ。
『スプラッシュ』
 トム・ハンクスはほぼこれがデビュー作。いやはや若く、そしてハンサム。小説家はのちの作品もデビュー作に規定されるというけど、俳優もまたしかり。トム・ハンクスもときたまシリアスな役を演じるが、観る方としてはこっちの彼をイメージしてしまう。ダリル・ハンナを、人魚かレプリカント(ブレードランナー)としてしかイメージできないよりはましかもしれないけど。
『情婦』
 最初に書く。傑作である。あとで原作はアガサ・クリスティであることを知る。なるほど。映画ではご丁寧に「結末を他の人には教えないでください」、とのコメントが入るのでこれ以上は書けない。ただ傑作であるのはその展開もさることながら、登場人物やその演技、動作の細部にもいえるということを付け加えておく。

※10回ほど続いて100本の映画にいちゃもんを付けてきた「雑言ロード」も、とりあえず今回でしばらくお休み。またちょっとしてから再開します。なお数回前のコメントで今年は200本ほど観たと書きましたが、数え直してみたら140本ほどでした。ゴメンナサイ。