柴又、記憶のうちに12

鉄塔の光と影
 この鉄塔は柴又で目にする最大の構築物だった。
 アパートからおよそ100メートルの距離。どうして電線の下には家が建っていないのだろう、とその頃は不思議に思っていた。ある日、その意味を知らされて納得したが、それまでは何もない土地がとても奇妙に思えた。それがこの鉄塔と高圧電線に関係があることとは考えつかなかったのである。
 青空にすっくと立った濃い灰色の鉄塔は、その下を通る子どもたちを威嚇した。高い建物がほとんどない柴又に暮らしていると、その鉄塔のてっぺんを眺めるだけでも、ある種の怖さを感じてしまうのだ。すでに東京タワーにも1度か2度昇ったことはあったが、それは飛行機にでも乗ったようなもので、日常的な高さの感覚ではなかった。
 ある夜のことだった。家族で出先からの帰りに鉄塔の下を通った。その鉄塔は白く見えた。まるで蜃気楼のように、夜空に浮かび上がっている。これはいったいどういうことなのだろう。子どもにはその事態が理解できなかった。翌日、鉄塔を見上げると、それは以前の濃い灰色のままだった。
 やがてその意味がわかった。米びつの白米は白く見えるが、白い画用紙にまけば薄い茶色にも見える。青く明るい空を背景にした鉄塔はあくまでも濃い灰色だが、濃い闇に溶け込めば白く見えるということだった。
 この「発見」はひとつの考え方をもたらした。ひとつの色は、その周りの色によってまったく見え方が変わる。難しくいうとすべては相対的であるということ、そしてそれは色だけではないこと、ややあいまいなそんな思いがゆっくりとしみ込んできた。
 そして、そんなこともあっても、やはり鉄塔はずっと偉そう立ち続け、畏敬の対象であり続けた。★高圧電線の鉄塔は他にもあったはずなのだけど、不思議なことにその鉄塔しか記憶に残ってはいない。