柴又、記憶のうちに23

 おばさんへのお礼の言葉
 柴又駅を出て駅前広場を過ぎ、左にある踏み切りを渡るとすぐに蕎麦屋がある。ここには一度だけ入ったことがある。柴又で暮らした4年間、外食はほとんどしたことがない。せいぜい夏にカキ氷を食べるぐらいで、だいぶ前にもんじゃ焼きを食べたことを書いたが、それはまさに異例中の異例だった。
 そして引っ越してから1年後ぐらい後、また柴又を訪ねたことんがあった。いろいろな場所に出かけて、いろんな友人に会って、最後に行ったのが家族ぐるみでお世話になっていた家だった。
 そこのおばさんが大歓迎してくれて、帰るという私を駅まで送ることになった。一人で行けるのにと、「送る」という意味をしっかり理解できない子どもは、その「子ども扱い」に、やや憮然となる。しかも駅前では食事をしていきなさいという。その日は別の場所で買い物を予定していた私は、たぶんふくれっ面になりながら、しぶしぶそれに応じたのだろう。
 そして入ったのが写真の店だ。何を食べたいのか聞かれたのだが、よくメニューがわからなかったので、テキトウに天重と答えた。天重といえば普通の天ぷらが乗っかったものだとばかり思っていたのだが、出てきたのは大きな海老天が入った豪華なもの。慌てて価格表を見るとその店で一番高かった。おばさんは何も頼まない。私は恐縮しつつ、そのおばさんの優しいまなざしの中で、それをおいしく食べた。帰りの電車の中で、もう買い物には間に合わないことがわかった。その口の中にはまだ海老天の味が残っていた。
 数年後、おばさんが亡くなったことを知った。その頃もまだ子どもだった私は、いつでも会えると思っている人が、ある日突然いなくなることを知る。私はその店で、おばさんにちゃんとお礼をいえたのだろうか。
★お店はまだちゃんと残っていた。私とおばさんが座った席は扉の近くで、左側のテーブルだと思うが確かに記憶ではない。