この町のホンカン

 その警官は棺の前に歩み出て、音をたてて両足を揃えると直立不動の体勢で敬礼をした。たぶんそれは相手に対して、最大限の敬意を表するものなのだろう。
 棺の主は昨年10月に体調を崩し入院していたが、回復することなく家族に見守られながら旅立っていった。享年88歳だった。
 警官は関係者が渡そうとしたマイクを断って、よく通る声で彼に話し始めた。彼と彼の家族が住む地域の駐在所に勤務して、もう27年になるという。赴任した当初、不案内な自分に付近のことを一から教えてくれたこと、ふらりと駐在所によっては、自分を「ホンカン」と親しげに呼んでくれたこと、自分を息子のように遇してくれたこと、そのひとつひとつを警官はときに嗚咽を堪え、涙声で語っていく。
 警官の勤務はあと2年だといった。30年近くに渡りひとつの地域を守り、育てたその年月と、そして彼との日常には燻銀のような輝きがある。警官はもう一度敬礼をして、棺から離れていった。


こんな駐在さんの日常を、『警官の血』の佐々木譲さんに取材してもらいたいなぁ、と思う。
★実際の駐在所近くの風景ですが、教会の塔を含めて本文とは関係がありません。