十年前の住まい探し07

oshikun2010-02-06

 架空キャッチボールはできなかった。
 「まだ内装が完了していないのですが、物件を見ていかれますか」
 マンション「鷺宮B」の八嶋智人似の辣腕営業マンはそういう。遠路はるばるここまで来たんだし、見るのはタダなんだからと、傾きつつある陽射しの中を最上階まで昇る。低層階の物件といえども、ここも住宅地なので周りの建物よりはちょっと高い程度だ。その高さが十分ではないところが、ここの泣きどころかもしれない。しかしバルコニーは広い。向かいの建物も同様の間取りですでに売約済みという遠い右隣の物件よりも現状では低いので、断然こちらの方がいい。
 「鷺宮A」もそうだが、とりあえず現時点では周りの建物が低い。しかし私の今までの賃貸マンションでは2軒とも、住んでしばらくすると自分と同じ階以上のマンションが窓の向こう側に建ってしまったのだ。もちろん、それは6階や11階でのことだから、このような住宅地ではありえないのかもしれない。営業さんにそのことを問えば、ここぞとばかりに、立て板に水でそれを否定するだろう。ただその物件がこのあたりで一番高い建物になっているということは、その真ん前にも同じものが建つ可能性まで否定できるのだろうか、と思ってしまうのである。
 あたりはどんどんと暗くなっていく。まだコンクリが剥き出しのままなんで、イメージは掴みにくい。内装ができていない広々バルコニー&窓付き風呂物件には、電気が来ていないので薄暗い。何も置いていないリビング&ダイニングはドーンと広い。
 「これなら、キャッチボールができますね」と私がいうのだが、八嶋智人似は何か考えごとをしているようで、それには乗って来ない。「リビング・オブ・ドリームス」は実現しなかった。
 「あっ、そうそう、このマンションはペットも飼えるんです。ペット用にベランダには水道も付いているし」と、突然閃いたように彼は自慢っぽくいうのだが、私はペットを飼うつもりはない。確かに広いバルコニーと反対側にも普通のベランダがあって、そこにはどでかい洗い場がすでに設置されている。でも私には無用の長物だ。
 このマンションのことはともかく、私はマンション「鷺宮A」の敷地が暗くなってからではよく見えないのではないか、と心配になってくる。
 「ここはもうすぐ内装が上がりますから、そうしたらまた見に来てください」
 そして私は八嶋智人似から解放された。そしてまたクルマで駅まで送ってもらう。この周辺の道は一方通行が多いので、来たときとは別のルートで駅まで送ってもらう。初めての道は長く感じられる。しかも外はもう真っ暗だ。私はちょっとイラついてくる。これはあまり営業的にはいいことではないな、と思うのだが、もちろんそのことを八嶋智人似は知る由もない。
 しかし私はもう一度このマンションを訪れることになるのだ。やれやれ。