十年前の住まい探し15

oshikun2010-02-19

 バブル、その幻影と払拭
 このような感じで、本格的にマンション探しを始める前にも、いろいろと土地や一戸建てを含めた物件の「見学」をしてきた。心持ちとしては実際の購入行動までにはまだ相当の距離を残していたけれども、最終的にはかなり意義のある「勉強」になったと思う。
 ただ昨日、マンション「目白A」のことを書いていて思ったのだけど、この頃はまだバブル崩壊から数年しか経っていないので、物件が発売されるまでの過程、つまり不動産会社のマンション建設へ向けての土地探しや企画、設計、プロモーション展開などにかなりバブルの余韻が残っていたようだ。少なくとも「目白A」にはそれが明確に現れていた。しかし賢明な購入者の触手がここに伸びることはないだろう。それはまるで観客のいない映画館で投影されるバブルという映画のエンドマークのようなものだ。
 住む人、つまり買う人にとっての使用価値は本来相対的なもの。でもバブル時代はそれが絶対的なもののように見えていた。そして購入者は自らの使用価値を、内在すると考えていた地価を反映した価値と錯誤したのだろう。そしてそれは結局、虚構に過ぎなかったわけだ。
 「目白A」ははっきりいうと何の魅力もないマンションで、目白からも池袋からも遠く、間取りに価格ほどの工夫がなく、展望も良くないこの物件の価値が、私にとって理解不能な理由は、私の「使用価値」と世間の「価値」との背離にあったということになる。「目白A」に私が感じた違和感は、それが私と無関係のバブルの最後の遺構であったからなのかもしれない。
 そういった私の前史の締めとなるのが、江原町にある物件だった。しかし印象は「目白A」とはまったく違っていた。ウチからだと大江戸線が便利で、出かける気になったのは、マンション「江原町A」の個性的な構造のせいだ。低層物件ゆえ、地下を掘り下げてドライエリアを設けて、地下のスペースにも光が入るように工夫されている。さらに各戸の中心にある階段でふたつの空間が繋がる構造になっていて、手前が1階だと奥は地下、手前が地下だと奥は1階というように、横から透視して見ると各々の物件がX状にクロスしているのだ。
 普通メゾネットタイプといえば、上下の2階建てを組み込んだマンションということになっていて、しかも豪華な仕様となるが、この物件に関していえば、低層の弱点を回避する手段に使われている。さらに間取りにも個性を持たせたということになる。水周りは中央の階段近くに設えている。この発想は見事だし、パンフレットを熟読して、どの物件がいいのかなどと思いを巡らせたりもした。
 でも結局、仕事の場としてはともかく、住むにはかなりの冒険だ、というのが結語。確かに興味深い物件で、住んでみると意外に快適かもしれない。でもその意外性に財産を賭けてみるほどに、私は冒険心を持ってはいなかった。もしこれが賃貸物件だったのなら、かなり魅力的ではある。
 そんなわけでこの「江原町A」には拍手を送りたい。まだ物件は完成していなかったので、「目白A」とは企画された時期が違うのだろうが、そこには住むことの楽しさを提案しようという心意気があった。「目白A」がバブルの幻影だとしたら、「江原町A」はバブルの払拭といえるかもしれない。もし私が大金持ちで息子や娘がいたら、こんな物件をプレゼントするのもいいのにな。