十年前の住まい探し17

oshikun2010-02-25

 営業部長氏、かく語りき
「値付けには絶対の自信があります」とマンション「鷺宮B」の事務室に鎮座する営業部長氏はのたまう。私がキライなメンバーリストに、「自信を強調する人」という項目があることを彼は知らない。
 そんな彼に私は意地悪をする。
 「でも、例えばこの1階は駐車場の影になって、廊下側からは光が入りませんよ」
 そういう私に彼は答える。
 「確かにリフト式駐車場が、これだけ影響するとは考えていませんでしたが、それ以外はまったく予想通りに仕上がり、価格設定も的確です」
 そんなことぐらい図面を見ればシロウトでもわかることだろう、といいたかったが、面倒くさいので止した。
 「ご予算は?」と常套質問を彼は投げかける。部長なんだからもう少し気の利いたことをいってくればいいのに。
 「気に入った物件があれば、ぎりぎり6000万円までどうにかなりますが、いちおう5000万円程度と考えています」と答えると、その反応が奮っている。
 「失礼ですが、あなたは生活に対する考え方が甘いようです。しっかりとした生活設計をしなくてはいけません」というのだ。
 こちらは心の中で、あんぐりと口を開けてしまった。こんな場所で月並みな人生訓のご高説とはアリガタイ。自分が客なのかどうか突然不安になってきた。
 こういった営業部長氏の発言で、優秀なる営業マン八嶋智人似のこれまでの努力は無に帰すことになる。絶対の自信を見せれば、その言葉に従う客もいるかもしれない。それが万能だった時代も確かにあっただろう。しかし彼こそはこれから「しっかりとした生活設計」をしなければいけないようだ。
 この営業部長氏は、かつては自分の周囲に多くの顧客を集めたのだろう。それを彼は自らの技量と勘違いした。それは時代の変化で崩壊したけれど、彼はそれを認めようとはしていない。そして私は彼の言葉と態度を前に、どんな物件を提示されたとしても、彼の手柄にするようなことはないと確信した。
 また逆にこんな解釈もできる。この「営業部長氏」をその地位に留め、契約間際かもしれない顧客を去らせるような会社に、まともな価格設定などできるはずがないと。
 八嶋智人似は、ことのなりゆきに体を硬直させているようだ。私は終始無言で、必要最低限の相づちしか発しない。
 「営業部長氏」の独演会が終わって、私は帰り支度を始めた。結果はわかっているはずだが、見送りにきた彼は、私に「どうでしたか」と尋ねる。
 「申し訳ないけど、すいませんとしかいえません」
 もちろんこの言葉の意味を彼は理解した。
 そして「個性のある物件がお望みでしたよね。お気に召すかどうかわかりませんが、お見せしたい物件が中野にあるんです。ぜひご覧いただきたいのですが」という。その提案を私は快諾した。