十年前の住まい探し25

oshikun2010-03-22

 効率性が創る消費者ニーズ
 まずマンション「浮間舟渡B」はよくある「全室南向き」神話と決別しなくてはならない。これはタワー型マンションの宿命である。ようかん型マンションのように直方体の一番広い側面を南側に向けて、そこにすべての住居のベランダを設え、反対側に扉と外部廊下を作ることは、タワー型マンションには無理なのである。
 しかし前回触れた中空構造を持つ、比較的各階のフロア面積が広いタワー型マンションは、外廊下を回廊型にできるので、一戸あたりの廊下の長さによっては廊下側に部屋を造ることが可能である。そしてややいびつではあるものの、やはりマンションの典型である田の字型の間取りを設定することはできる。
 だが「浮間舟渡B」は各フロアの面積が比較的狭く、中空構造でもない。つまり外廊下が回廊型ではなく、一本の通路なのだ。ここを中心点としてその階の各戸は放射状に間取りをとっているといってもいいだろう。従って各戸の扉の間隔も一様ではなく、もちろんどの住居も外廊下側に窓はない。ただしこの外廊下の北東側、つまり浮間公園側だけは住居がなく、大きな窓が設えてあって、その側がデザイン的にもエクステリアの特徴となっている。ただし外観でデザイン的に優れているのはこの面だけであり、その他の三面はただベランダがぐるりと囲む無粋な外見になっている。
 さて、各戸が放射状に広がっていることは、概念的には住居が扇状になっていることだ。各戸はひとつのドアと比較的広めの玄関から始まり、やや長めの内廊下を通じてリビングやダイニングへと導かれるのだが、その見かけ上の幅は、当然のことに外側に歩むに従い広くなっていく。
 「浮間舟渡B」が外廊下側に窓、つまり部屋を持たないことを効率的ではないということできない。そもそも効率的である田の字型やようかん型かマンションという言葉は、それを揶揄するために用いられている。それは作り手側の効率性が、極度に「内廊下はできるだけ短く、部屋をできるだけ広く」といった万人が頷くような要件を作り上げた結果なのだ。
「全室南向き」という名のマンションとしての長所も、買い手と売り手の「みんなが南向きを求める」という「共同幻想」によって成立しているように思える。それは「みんなが求めるモノは中古物件になっても価値を持つ」ということにも及ぶ。それはまるで中古価格がいいからこのクルマを買うという、逆転した消費者ニーズと同じではあるまいか。しかし住み心地が「その後の価格」への想像を含めたものであるなら、それを全否定すべきではないのかもしれない。まさに最大多数の最大幸福というわけである。
 物件を求めるのは結局、大勢ではなく個々人である。最大多数が求める最大公約数的な間取りしか市場に提供されないとすれば、ほんとうに満足するのは、そのあくまで公約数的な意味合いの人々のみということになる。
 と、少しややこしいことを書いたが、つまりは田の字型・ようかん型・全室南向きマンションがベストと思って購入する多くの人がいて、またそうでない人もそれなりいるということだ。そしてこの「浮間舟渡B」はまさに「そうでない人」のためのマンションだったのである。