近くの旅客 01

電車の中で座っていると、前の男性が本を開いた。なにやらとても楽しそうである。私は、彼の手の隙間からタイトルを読もうとするが、よく見えない。まず「ユ」とわかった。次が「ニ」だった。あれれ、「ユニクロ」の本かよ、と思った瞬間、四文字すべてが読めた。
 『ユニット』だ。佐々木譲さんの数年前の小説で、よく見るとバーコードの入ったシールが張ってあるから、どこかの図書館で借りたものなのだろう。
 開いたページは、まだ初めのあたり、いい顔をして読んでいる。私は勝手に図書館で本を借りる人こそ、ほんとうの読者好き(本好きとは微妙に違う)だと思っている。彼はそんな思惑の証左になってくれた。
 少なくとも両隣のスマートフォンを操る御仁よりは、彼の方がずっとその時間を楽しんでいると、この電車に乗り合わせた誰もが思うことだろう。