その日の午後 02

 クルマで出たのはいいが、しばらくはなんとなく北千住の方向に走っているつもりでいた。でも気づいたら、ウチから北千住へは行ったことはないし、ちゃんとした道を知っているわけでもない。少し気が抜けていたのかもしれない。
 ナビに入力すると、やはりやや方向違いに走っていた。だからあとはナビに任せることにした。あたりはどんどんと暗くなっていく。ウチを出発したのは4時半頃だろうか。明確な記憶はない。知った風景が消えていく。突然、都電荒川線の横を走っていた。しかも荒川線は運行中だ。どれだけの本数かはわからないが、三ノ輪橋まで出れば、少しはウチに近づけるはず。でもそれを教えるすべはないし、もし伝えることができたとしても、ツレは三ノ輪橋までの道がわからないだろう。
 道は比較的空いている。ふだんの夕刻の込み具合といったところ。都心から同心円的に移動しているからなのか。
 その荒川線の線路横で、驚愕すべきニュースが飛び込んできた。ふだんはラジオは聞かないのだが、もちろんその時は点けっぱなしである。「東京電力によりますと、福島の原子力発電所にトラブルが発生し、現在原子炉の炉心に対する冷却装置が働いていないものと思われます・・・」といった内容だ。こちらはまさに背筋が寒くなった。その寒さはより厳しく今も続いている。
 ナビによるとクルマは荒川沿いを走っている。もう少しで北千住に着きそうだ。しかしあまり駅に近づくと身動きがとれなくなると思った。ナビの国道4号線は、渋滞を示す真っ赤な線が引かれている。それでもおそるおそる4号線に近づいていくと、うまい具合に時間貸しのパーキングがあった。こんなときでも順法主義者なのである。
 その駐車場にクルマを入れて、3分ほど歩くと4号線に出る。歩道は北に向かう人が切れ目なく歩いている。車道は上りと下りも渋滞しているが、上りの方が激しいようだ。道を渡って、少し南に歩くと、北千住の西口ロータリーに通じる道に出た。この道は封鎖されていた。よかった。もしここまでクルマを乗り入れていたら、渋滞している上りからどこか駐車できる場所を探さなくてはならなかったはずだ。
 商店街のファーストフードや飲み屋はほぼ営業中で、交通手段をなくして勤め人で溢れている。ツレはマルイの近くにいるはずだが、ケータイはずっと圏外で連絡ができない。もちろんメールの発信も無理だった。マルイはシャッターを下ろしていたが、通路というかエレベーターホールのような場所が1、2階とも開いていて、数十人もの人が、ほぼみんな床に腰を降ろしている。まさに「避難所」の体だ。
 そこを見回したがツレは見つからない。下のローターリーはバスやタクシーを待つ人が巨大な列を作っているが、秩序は保たれている。そこをぐるりと回って、上の歩道に戻り、またエレベーター前の「避難所」に戻るが、ツレは発見できない。「アナタの来る方向に歩いていましょうか」という最後のメールが気になる。来る方向なんて、わかるはずないのに。