その日の午後 03

 駅前の大型モニターがニュースを流している。でもそのときはまだ津波の被害のすごさを知らなかった。
 マルイ2Fのエレベーター前「避難所」にいつまでいてもしょうがないので、また下に降りて、ロータリーの周辺を今度はしっかりと見て回った。すごい人の数だ。とてもひとりひとりの顔を確認して歩くことをできない。しかしロータリーとは反対側に下に向かう幅の大きな階段があることに気づいた。そこにも多くの人が腰を降ろしている。しかも階段なので、顔が向こうを向いているのだ。そこを何段か降りると、見たような肩があった。そしてその膝の上にはよく見る鞄が載せてあった。
 トントンとその肩を叩くと、うれしさで弾ける顔がそこにあった(と書いておこう)。
 当初はエレベーターが停まっている板橋のマンションには帰らず、自分は草加の実家、ツレは彼女の八潮に実家で今晩は泊まることにしょうと思った。クルマにはあと3人ほど乗ることができる。だからまたエレベーター前の「避難所」に戻って、そちらの方向に帰りたい人を3人だけ募ることにした。
 私だけが誘っても怪しまれるだけなので、隣にツレに立ってもらった。できれば若い女子高校生あたりを狙ったのだが、やはりそうはいかず(冗談です)、竹ノ塚まで行きたいというおばさんと、草加までというサラリーマン、そして家は守谷なのだけれど、筑波エキスプレスの三郷中央駅まで親が迎えに来てくれるという男子中学生の三人が揃った。
 歩道は来たときよりも人が多くなったような気がした。そこをツレ、そして三人を連れて進む。はぐれないように気をつけながら。
 駐車場の近くには100円均一のコンビニがあった。そこで買い物をしたければどうぞというと、みんなはそこに入っていく。ツレとおばさんがなかなか帰ってこない。もちろんトイレを借りていたのだ。国道4号は下りもかなり渋滞している。正しい判断だろう。
 そしてクルマは動き出した。4号線に合流すると、その先に長く赤いランプが繋がっていた。