深夜のピアノソロ

oshikun2011-04-06

 すでに書いたように、本棚と同様、音楽CDも棚からそのほとんどが飛び出した。書斎の倒れた本棚が南北に面しているのに対して、このCDの棚と新書本の棚は東西に沿っている。新書本の棚が倒れたのは、たぶん文庫本の棚に引っ張られたからだろう。
 などとわかりにくいことを書いたけれど、いいたかったのは、この部屋を襲った揺れが一様ではなく、なにか捩れにも似た振動だったのではないかということだ。そうでなければこの倒れ方は理解できないのだ。
 ところで、このところCDも聴きたいと思わなくなった。私の音楽CDの90%以上はジャズで、楽器ごと、アーティストごとに並べられていた。そうしていても、聴こうとしたプレイヤーのアルバムが見つからないことがあった。それがいまではそのほとんどが、段ボール箱の中にデタラメに詰められている。蓋は閉めていないので、取り出すことはできる。ただそれを開ける気にはならない。
 地震以降、CDトレーに載せた唯一のアルパムは、キース・ジャレットの「ステア・ケイス」だ。これはケースにひびが入ってしまったので、箱に入れなかったのだ。なぜ、キース・ジャレットを聞く気になったのかというと、NHKの深夜の放送で彼の演奏がずっと流れているからだ。
 それを最初に気づいたのは、沖縄のホテルだった。一般の番組が終わり、東北の地図と情報テロップが流れる画面で始まったピアノソロが、ご存知「ケルン・コンサート」だ。ガラス細工がキラキラと小さく輝くようなそのピアノの音が、事態の深刻さの遥か上をただ流れていった。こんなことに影響されて、キース・ジャレットを聴いてみたくなったのだ。
 この深夜のNHKのBGMは自分の知る限り、ピアノソロだけ。「ケルン・コンサート」以外にも彼の曲が使われているみたいだけれど、よくはわからない。
 ただ今の状況に不思議なほどマッチしている。30分か1時間ごとに、ピアノの音は突然切られ、ニュースの時間となる。それはさっき放送されたものと同じ内容。とりあえず同じであることに安心をする。それはまるで、ICUに収容された瀕死の巨大生物の病状報告だ。完治するには程遠く、ただ突然現れる症状に対処しているだけ。報告が終わり、また何事もなかったかのようにビアノソロが流れる。
 キース・ジャレットの他のアルバムはすべて箱の中だ。手元の「ステア・ケイス」は表面が少し割れているが、そのままにしておくかもしれない。いや、そんなことより、あと何回このアルバムを聴くことができるのだろうか。
★タイトル横の写真は、地震後の居間。手前の白い棚からCDがほとんど落ちて、よく見えないけれど床を覆っている。奥で斜めになっているのが、文庫本の棚。その奥にもまったく写っていないけれど、新書用の棚が倒れている。もしかすると文庫本の棚が寄りかかったせいで、右手の大きな棚が立ったままだったのかもしれない。