口数少なき雄弁

 絶版となっていた佐藤泰志さんの単行本の文庫化が進んでいる。小学館からは『海炭市叙景』、『移動動物園』、『黄金の服』。そして河出書房新社からは『そこのみにて光輝く』がすでに発行済みだ。
 これはなによりクレイン社の『佐藤泰志作品集』の発行が口火となったといえる。さらにそれをきっかけにして『海炭市叙景』の映画化の企画が始まり、それが文庫本になる流れを作ったのだろう。 
 読者としてうれしいのは、この文庫に『佐藤泰志作品集』には収録されていない作品も入っているということだ。クレイン社の『作品集』を読んだ頃は、やはり冒頭に掲載された『海炭市叙景』の魅力に引き込まれ、淡々とした情景描写のひだの中へと、人の気持ちの機微を吸い込ませていく筆力に、ただ驚きまくっていた。そんなこともあって、自分の好みとしては、やはり本の後半に掲載された死の直前の作品たちだと思っていた。
 しかし今回、また『そこのみにて光り輝く』やその続編の『滴る陽のしずくにも』、そして『オーバー・フェンス』、『撃つ夏」を読んでみて、佐藤泰志さんの魅力は光の強さや臭い、宙を漂うホコリといった、皮膚感覚的な表現にあるような気がするのだ。
 また少ない会話で多くを知らしめてくれることも魅力のひとつだろう。特に『滴る陽のしずくにも』の達夫と松本の会話はいい。認め合っている二人の「しゃべり」を読んでいると、佐々木譲さんの作品の中の、男同士の会話を思い出してしまった。キャラクターの位置付けを明確に読者に提示すれば、少ない言葉でも、読み手は正確に言葉の奥にある心情を理解することができる。そしてその理解こそが、読書の真髄なのだ。