ソラリスの迷宮

 昨日はタルコフスキーの映画『惑星ソラリス』を観た。はたして何回目なのだろうか。たぶん10回は観てるはず。1978年にこの映画と初対面してから、もう33年になるのか。しかしますますソラリスの迷宮にはまっていくようで、コワイというか、ココチイイ、っていったいどっちなんだい。
 この映画にはいろんな謎が組み込まれているが、最近の私の関心事は登場人物の名前と関係性である。主人公のクリスはキリストを意味していると想像できる。これはもともとレムの原作にあった名前だ。それに対して映画独自の登場人物で名前のあるのは、「主人公の伯母」と採録シナリオにあるアンナとゴードンの孫、そして犬のメタンだが、セリフにその名前が出てくるのはどうやら「おばさん」のアンナだけである。
 で、不思議なのは主人公をクリスとするならば、どうしてアンナがおばさんなのかという点だ。ご存知のようにキリストの「母」はマリヤで、その母はアンナである。この三人を描いた絵画は、有名なダ・ヴィンチの作品を筆頭に数多く存在する。でも映画では主人公のおばあさんではなく、おばさん、それも父親の姉っぽいのである。
 このアンナ役の女性はほんとうの女優ではなく制作側のスタッフで、かなり後になって演じることが決まったという。もともとこの役どころ自体、最初から設定されていたものではないようだ。
 また別の話になるが、タルコフスキーの母親はマリヤであり、二人目の妻ラリッサの母はアンナである。
 ということで、アンナがなぜ「おばさん」なのかは謎のままである。
 「おばあさん」にしてしまうと、あまりにも図式的なので、タルコフスキーが嫌がったのか。それともそのスタッフが「私があの父親役の義理の母役なんてイヤです」といったと考えられなくもない。
 少なくともタルコフスキーはあの当時、スタッフである彼女に借金をしていたはずだから。