夕焼けに追いかけられて

(昨日の続き)
 都電は鬼子母神を出てから三つ目の駅あたりで空いてくる。乗ったときはけっこう明るかった空はどんどんと暗くなっていく。あれ、変だなと思っていると下車した二人のオバサンが喚声が上がるが何を言っているのかはわからない。とにかく彼女らは思わぬ事態に陥ったかのよう。その意味は都電が駅から離れてわかる。突然の土砂降りに襲われたのだ。都電の屋根から叩きつける雨の音が聞こえる。ブレーキを踏むと車両の後ろ側から雨水が滝のように落ちる。
 乗っていた車両は4箇所ぐらい窓が開いていた。立っていた乗客が協力しあって慌ててそれを閉める。座っている私はとっさにはそれに参加することができない。少しだけ苦労して窓を閉めた乗客たちは目と目だけで自らの行為とその成就を確認しあう。すると車内に団結力のようなものが生まれてくる。それを私はうらやましげに見上げる。
 次の駅ではまさにヌレネズミといっていい高校生が乗ってくる。水滴が彼のコートの端から滴り落ちる。都電は土砂降りをかき分けて進む。さらに何人ものヌレネズミを「救助」する。まさに都電は救難艇である。乗客は、こっそりと外部に助けを求める者、微笑みながら雨足の具合を確かめて者、挙動不審にも車内の前後を何度も行き来する者などさまざまだ。
 席に座れた途端にこっくりこっくり状態だったツレも土砂降り騒ぎで覚醒していた。しかしこれから待ち受けている自分たちの運命にはまだ気づいていない。予定では三ノ輪橋駅から日比谷線三ノ輪駅まで歩くつもりだったのだが、この雨の中で私が常時携帯している折りたたみ傘では、その短い距離でもずぶ濡れになってしまうだろう。で、たまたま目の前にあった路線図を見ると、その三ノ輪橋の少し手前に町屋駅前という駅名があった。これは駅前というからには駅に接しているのだろう。しかも町屋なら千代田線で北千住の隣りだ。よって下車駅を町屋駅前に変更することにする。
 しかし土砂降りもしばらくすると小降りになってきたようだ。西の空の片隅には、まるで都電を追いかけるように夕焼けが広がりだしていた。