天体望遠鏡への遠望 その9

 (昨日の続き)
 今はどうかは知らないけれど、あの当時のカラー天文写真というのは、なかなか実際の色には写ってくれなかった。さらにカラーフィルムは感度がやや鈍い。
 ということで、月面を撮るならば、断然モノクロである、とその頃は思っていた。それにカラー写真だと、基本フィルム現像からプリントまでその全部を外の業者にやってもらう必要がある。その点、モノクロならばそれらの工程を自分でやることができるのだ。
 といっても私の場合、フィルム現像は写真部の友人に頼んだり、やっぱり街のDTPショップに出したりはしていたのだけど。まあとんでもない増感現像が必要でもない限り、これで大丈夫だったはずだ。
 問題はやはりプリントの方である。引き伸ばし機にフィルムを装てんして、まずはピントを合わせるのだが、天体写真の場合、スナップとは違ってチト難しい。そこで秘密兵器の登場、なんといったっけ小型の鏡に反射させた光をルーペでのぞくヤツ。もちろんちゃんとした名前があるはずだけど、要はフィルム面を透過した光を拡大して、その面の粒子が見えるように調節して焦点を合わせる(はずの)機具だ。どこから出てきたのかわからないこんな小道具を使っていると、自分が何かの研究でもしているような気分になってくるのだった。まあ、子どもですから。
 そうしてピントのあった引き伸ばし機の下に、いよいよ印画紙を挟む。そして露光。この時間が勝負の分かれ目だが、月面写真の微妙なのは光と影のあいだあたりの表現となる。露光し過ぎれば、印画紙は真っ黒になってしまうし、少ないと白っちゃけたものになる。その加減が難しい。まさに焼き伸ばしの名前通り、火(灯)加減が大切なのである。
 しかしここでまた奥の手だ。あんまり黒っぽくしたくない、例えば半月の写真ならば真ん中のギザギザに山や谷が刻まれているあたりを、露光中に手や指でチラリチラリと覆うのである。するとその時間だけはその部分の露光が短くなるという寸法。しかしこれを習得するにはかなりの枚数の印画紙を犠牲にしなくてはならないだろう。
 そして現像溶液に漬けると、みるみる画像がただの白い印画紙の上に現れる。月面写真の場合、周りが黒々となっていくので、その様子はまた格別なのだ。この時間のさじ加減も写真の良し悪しに大きく作用する。
 そして焼き加減を確認して、イイ頃合で停止液、そして定着液へと印画紙を漬けて、後は水洗いとなる。洗濯槽を横にしたような水洗い機で、しぱらく遊んでもらったあとは、乾燥機でプレスされる。だが私は乾燥機によるテカテカした表面があまり好きではなかったので、自然乾燥させたことが多かった。それでもちゃんとプレスしないと印画紙が波打ってしまう。
 そんなこんなで、いったい何十枚の月面写真をプリントしたのだろうか。私の手元には数枚のキャビネ版と、5枚ほどのパネル張りしか残ってはいない。そのうちの一番大きい1枚がいま寝室に飾られていて、毎晩同じ月齢を示している。(ほんのちょっと続きます)