タルコフスキーのいた場所

(昨日の続き)
 そしてその大屋根の巨大さを、今は何もない空に広がるそれに、42年ぶりに驚嘆する。よくもそんなものを42年前の連中は造ったものだと。
 それは単に大きいだけでなく、偉大なるケッタイさをもっていた。左右にまさに右大臣、左大臣のように控えたモニュメントしかり、塔の後ろに広がるお祭り広場の観客席の造形しかり、である。
 私はそんなモノがかつてここにあったことを思い出しながら、塔の裏側に回る。彼の背中にあるのは、そう、過去の顔である。表面の白いのが現在の顔、テッペンの金色が未来の顔、そして裏側が過去なのだが、こうして裏側に回って、あたりを見回しつつそれを眺めると、現在こそが過去のように気がしてくるのだった。
 かつてお祭り広場だった場所は、簡易なフェンスで覆われていて、そこではフリーマーケットというのだろうか、つまりは露天市場のイベントが開催されている。それはまるで近未来のSF映画にあるように、未来における近過去の遺物を商いする場所にも見える。
 そうそう、この場所にあのタルコフスキーも立ったのだった。彼は万博開催中にここを訪れたかったのだが叶わず、閉幕直後にここに来た。しかし『惑星ソラリス』に挿入する未来の情景には適合せず、彼はやむを得ず首都高の映像をそれに換えたのだった。
 当時のよすが太陽の塔しかないここで、彼のあるべき映像を空想するのは困難だ。私は自分の記憶の中に彼を立たせることで、それを楽しむことにしよう。(続きます)