桜台にての奇なる談01

 先日、散髪のついでに短編小説の舞台にして桜台を歩く。自分が書いた文章に従って、床屋へ向かうが、道順は途中で曖昧になる。しかしそれは作為的なこと。だがそこそこの方向感覚の持ち主なら、その店にたやすく到着する。そして一言「なーあんだ」とつぶやく。
 散髪を済ましてから、いったん駅に戻ることもなく桜台通りを北上する。かつて踏み切りがあった場所、つまりは高架橋の下には交番がある。そこを過ぎてしばらく歩くと、左手に観賞用の魚、つまり金魚とその類いを売る古い店を見つける。これは間違いなく30年以上前から営業している店舗だろう。しかし、この近くにあったはずのおもちゃ屋は見当たらない。周辺の店はここ最近、すくなくとも20年ぐらい前に建てられたふうで、身勝手ながらの親しみを感じることはない。
 あの時代にあった時点ですでに古かったのだから、今あることは50年か、それ以上の歳月を必要としている。かつての面影を見つけるなどという魂胆は、この金魚屋ひとつで満たすことにする。
 さらに歩くと、桜台通りは右に緩く曲がっていく。それに逆らうように、左手にはいく筋かのY路地がささくれ立っている。そのひとつに入り込む。しかし今回はウサギフードの女の子を目撃しなかったせいか、一本筋を間違えてしまい、あわてて次の筋へと紛れ込む。思えばこのまま行って、また別のものでも見つければ面白かったものを、と保守的な自分を悔やんでもみる。
 ふとそちらの方向を見上げると、奇妙な塔が建っている。そのかなりの大きさを持つ四本の支柱がそのまま伸びていている塔は、完成しているようにも、建築途中のようにも見えるが、このあたりはただの住宅街で、このようなものが存在していることが不思議ではある。
 いずれはそれを宇宙乗合船停車櫓とでもしようかと、少し歩いてまた見上げるが、もうそれを見つけることはできなかった。(続く)