足もまた洗えず02

 道はすぐに上り坂になる。山手線をアンダーパスする橋だ。渋谷駅近くの高層ビルが見える。つい最近、ユーロスペースに「モスクワ・エレジー」を見に行ったばかりなのだが、その光景はやはり自分の渋谷とはまったく違う。でもそのあたりの話はその映画について語るときでいいだろう。
 橋が下り坂になる。その向こう左側に私は古いマンションを探した。20年あまり前にそこで取材をしたことがある。かなり大きなマンションだったはずだが、記憶の中の位置があいまいなので、場所が特定できない。
 そのマンションには、建築家でかつエッセイストとして著名だった故宮脇檀さんの事務所と自宅があった。当然のことにその頃は新南口などなかったが、私は駅からそこまでどうやって歩いていったのか思い出せない。
 その日、取材の了承を得て、そのマンションの一階にあった事務所を訪ねた。マンションにあるなどと書くと、小さな個人事務所のようだがさにあらず。何人ものスタッフを抱えた、まさにテレビドラマに出てきそうなオフィスだった。
 中に入ると、若いスタッフに指示をしている宮脇さんがいた。50歳代だったろうか、氏はご存知にようにかなりダンディである。彼は、アレ今日だったのか、といった表情、だが嫌がっているわけではない。彼のメディア露出の回数は並ではないのだし。
 そして事務所の中の彼のディスクが置かれた別の部屋に、カメラマンともども通されて、取材の意図を再び説明する。 
 同じマンションの上層階に彼はゆえあって娘さんといっしょに暮らしていた。その部屋の間取りを近年変更していて、その様子などをとあるPR誌に紹介するための取材である。宮脇さんはそのことをその時点で失念していたようだ。もちろん彼のスケジュールにはメモされていたはずだが。
 それでは行きましょうかと、彼は席を立つ。その気安さ、気軽さがいい。三人はすぐにエレベーターに乗って、その部屋へと向かった。