足もまた洗えず03

 なにせ取材のアポイントは取っていたのだが、それを失念していた宮脇檀さんだったから、部屋はまさに日常のまんまだったはずだ。
 それでも乱れがあるわけではなく、撮影には十分耐えられるほどキチンとしている。ただ宮脇さんは慌ててキッチンに入った。朝の食器がそのままシンクの中にあったようだ。それを腕まくりして、笑いながら丁寧に洗っていく。著名な建築家のそんな意外な様子をカメラマンは写真に収めたが、もちろんPR誌に掲載されることはなかった。
 リビングには、これまた有名なデザイナーのソファやチェアーが、何脚も並んでいる。そういったことにトント無知な私は、四方山話的にその名前を宮脇さんから聞き出して、カタカナでメモする。もちろんあとでキャプションを付けるためだ。
 そして本論、暮らしの段階に合わせる住まい造りについて。彼のそのマンションのリフォームが、その例となる。
 私はその話を4ページにまとめた。そこには彼の顔写真とリビング、壁に飾られたユニークな絵画、そして海外の土産物を展示した棚、そしてキレイになって誰もいない台所の写真が掲載されている。
 その時間をいっしょに過ごした宮脇さんと、長い間ともに仕事をしてきたカメラマンはすでにこの世の人ではない。
 歩きながら見回しても、やはりそのマンションを特定することはできなかった。エントランスの前まで行けば、たぶんわかるだろうけれども、あのマンションは通りからやや奥まった場所にあったはずだ。
 私は左側を眺めるのを止めて歩道の先を見た。なるほどこれが代官山なのか。小じゃれたヘアサロン、小じゃれたカフェ、小じゃれたブティック、などなど私とはほとんどエンもゆかりもない店が並んでいる。
 道を歩く女性はどういうわけか、モジリアーニの描く顔を連想させる。
 まさに異次元、私にはたぶんあの4ページの世界に親しいのだろう。