足もまた洗えず04

 自分にとってはまるで外国のような代官山(らしき場所)を、しばし歩く。そこを行きかう人々も、しっかり日本人顔ではあるのだが、さっきのモジリアーニ顔と同様に、なにか違和感がある。はたしてほんとうに日本語が通じるのだろうか。
 しかししばらく行くと、まさに小じゃれた街の真ん中に、昔ながらのバス停の標識を見つけた。ほっと一息。
 その丸っこい表示を見ると、「洗足駅行き」とある。しめしめ、これでこのなんとも馴染めない異空間から離脱できるはずだ、と時刻表を見ると、幸いにもあと7、8分ほどでバスがやってくるはず。目の前の道も信号が変わる度にやクルマが溜まるものの、渋滞しているという状態ではない。
 少し余裕が出てきたので、また昔を思い出した。代官山といえば、宮脇檀さんだけでなく、とある料理家の、家がもう一軒収まりそうなほど広いリビングや、とあるイラストレーターの子どもたちの秘密基地みたいな家を取材したこともあったはずだ。
 でもその場所が、いま自分のいる場所とどんな位置関係にあるのかは、まったくわからない。まあそのことを書いていくと、またずいぶんと長くなりそうなので、今回はもう思い出さないことにする。
 バスを待つ間に前の道路を走るクルマを見る。はいBM、はいジャグワー、はいアウディ。おっとロータスエリーゼかよ。しかし男の二人乗りはあまりみっとも良くないなぁ、たとえクルマ好きにしてもね。と思ったら、そのエリーゼがまた前を通った。今度は男一人、どこかで落としてきたらしい。
 まあクルマばかりを見ていてもしょうがないので、鞄から本を取り出す。たくさんの男たちが未知なる惑星の表面でてんてこ舞いしている小説だ。彼らが何の解決を見出さないうちに、バスがやって来て、私の前でドアが開く。
 料金を払って車内へ。唯一空いている席には、顔をふりふりケータイにメール文を打ち込んでいるオバサンの荷物が座っていた。ほら、ここはやっぱり日本だぜ。