足もまた洗えず07

 さらにそれでもバスは行く。
 行けども行けども同じような街並みが続く。狭い道を運転手は器用に駆け抜ける。
 歩道にスカートを風に膨らませて走る自転車の少女。時に立ちこぎもする彼女と、バスとが追いかけっこをする。
 するりと彼女を抜いても、信号待ちで追いつかれる。長い髪も風にそよぐ。でもいくつか曲がり角のあと、もう信号待ちをしても、少し渋滞になっても、彼女の姿は現れない。きっと別のバスと、追いかけっこを楽しんでいるのか。
 ほぼ乗客が入れ替わったあたりで、終点に到着。バスは駅舎の裏側に回り、ドアが開き、5、6人が後車する。先に降りて前を行く若い女性はスマートフォンの夢中で、ゆっくりした歩み。つい足先が彼女のかかとに触れる。
 「失礼」と声を掛けるが、我関せずとそのまま歩いている。実際の周辺環境よりも電子の向こう側が彼女にとっての実存なのだろう。
 さて、駅前に回った。そして驚いた。なななんと、「洗足池」がないのである。何十年も前の記憶だが、駅前と道を一本隔てて、大きな池があったはずだ。でもそこには水溜りさえない。と、視界の右端にはさっきの電子実存女子が道を行きつ戻りつしている。物理実存の世界に迷ったのかもしれない。いやいや迷ったのは、この私だ。ここはいったいどこなのだ。