時を隔てて、私を射る本

 昨日の夕刊の社会面で、経済学者であり、アジア学者でもあり、なによりも民衆の側からの報告者であった村井吉敬さんが亡くなったことを知った。
 70年代の最後の頃だろうか、友人の紹介でほんの少しだけお目に掛かったことがある。それは上智大学の構内だったのだが、なぜ私がそこにいたのかは憶えていない。ただ村井さんのそのクリクリとし瞳はしっかりと記憶している。村井さんといえば必ずそのちょっと薄暗い廊下に立っている姿なのだ。
 当時は最初の著作である『スンダ生活誌ー変動のインドネシア社会ー』を出されたばかりの時期で、友人と私は親しみを込めて、私たちも「スサンダ生活誌」を書かねば、などといい合っていた。
 その本をひさしぶりに棚から出してみる。
 本文は「スマトラ大森林の彼方に燃える太陽が落ち、漆黒の闇が突然のように訪れた。羽田発DC七〇七型機は、いま赤道の上を滑るように走っている」と始まっている。そしてインドネシアの歴史的事実を前提として、その地の人々の実際が続いていく。ここで私がそういってしまうことに、私自身の問題を感じざるを得ないが、懐かしい描写だ。それゆえに私を射る。